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ブラック企業でもブラック研究室よりはマシ

社会人になって初めてのエントリー。

もともと研究生活のスパイスにするためのブログだったので社会人になってから更新する予定はなかったのですが、

科学界とは離れた「外野」にいることで思うことも出てきたので備忘録としてエントリーすることにしました。

今回の話題は以下の2点。

1.世間はポスドク問題に関心などない
2.ブラック企業はブラック研究室より格段にマシ



1.世間はポスドク問題に関心などない

ポスドク問題というより科学全般に関心がないので当然ではあるのですが。

実際に社会に出てみると、科学のことを雑談のテーマにすることさえ憚れるほどの心理障壁に閉口します。

最近であれば「はやぶさ」がその好例でしょうか。

ネット上であれだけ話題になっていても世間の関心など高が知れていて、「はやぶさ」の名前さえ知らない人が珍しくありませんでした。

日経新聞の第1面に堂々と写真付きで載っていても尚、その日の夕方の雑談のテーマにできないのです。みんな日経新聞は読んでいるはずなのに。

日経新聞の株式欄にある、わずか1段の記事を見逃しただけで罵声が飛ぶ世界ですが、第1面にあってもその存在さえ認識されないのが科学技術。


その中にあって「ポスドク問題」と言ってもその問題の深刻さを理解してもらうのは困難です。

これを雇用問題として語ると、300万人の失業者のごく一部として認識され、
これを税金の無駄遣いとして語ると、何兆円規模の公共事業の無駄遣いと比較されます。
私の説明が悪いだけと言えばそれまでなのですが。

副次的に発生する「優秀な人材の流出」問題は比較的理解されやすいのですが、「そのうち受給バランスが取れて問題は消えるのでは?」という話になります。
研究の伝承が難しくなるんですよ、というテクニカルな反論は可能ですが、細かい議論ができる雰囲気でないのは前述の通り。


更に、事業仕分けの時からの所感ではありますが、特にアカデミアのような「税金による研究」は、資金源(いわば株主)である国民からそもそも求められていない、と感じます。

「その研究、何の役に立つのですか?」という質問に対し、「なんという余裕のない、民度の低い質問だ」とアカデミアは眉をひそめますが、

実際に国家財政は微塵の余裕さえありません。

年金も医療費も逼迫し、国債の借り換えさえ困難になってきて特例で日銀による受け皿を求めざるをえないのが現状です。

この中にあっては、「役に立つことさえ説明できない」研究に血税を注ぎ込むことに国民が耐えられないのは不思議ではありません。

(多くの国民はそのような研究の存在さえ認識していないと思いますが、役に立たない以上は「無駄な公共事業」の一部として捉えている節があります)


いわばポスドクは、消費者からも株主からも見捨てられたセクターの従業員のようなもので、(あくまで市場経済の観点からは)残念ながら将来性は乏しいと言わざるを得ません。

にもかかわらずそのセクターの”新卒採用”を増やし続けた経営陣の責任は重いのですが、株主の視線が気になる経営陣としては、株主の関心がないセクターの対応など最も後回しになるでしょう。

「実際にそのセクターにかかるコストは他セクターに比べて安いんです」といくら説明したところで、政治力の乏しいセクターの影響力など知れています。

だから何だと言われると困りますが、学生時代には「解決しなければいけない問題だ」と思っていたポスドク問題が、社会に出てみると「解決が求められていない問題だ」という認識に近づきつつあるということでした。


2.ブラック企業はブラック研究室より格段にマシ

典型的なブラック企業は次の要件の一部もしくは全部を満たします。

(1)常習的なパワハラ・セクハラによる精神汚染
(2)触法行為とその隠蔽
(3)激務、長時間労働
(4)低賃金、残業代不払い
(5)上記の問題に対する無策、無対応

これらの条件はブラック研究室でもほぼ同じ。
決定的に異なるのは次の2つです。

・ブラック企業でも一応賃金は支払われるが、研究室では学費を払っている
・ブラック企業は辞めれば転職先があるが、研究室を辞めても就職先はない


ブラック企業と言えども一応は企業。
サービス残業という名の犯罪行為が横行しているものの、生活していくことができる程度の賃金は支払われます。
少なくとも、生活していくだけで借金が雪だるま式に膨らむことはありません。

一方で研究室。
大学院生は学費を払って研究をしています。しかもこちらは合法です。
どれだけ大学院生をこき使おうと「熱心な指導だった」で済まされそうな勢いです。
つましい生活をしていても、それだけで奨学金という借金が膨らんでいきます。
将来返済できる当てがあればまだしも、それさえ危ういという現実がのしかかります。

実は私が勤務する会社も相当にブラックで、上記条件のほぼ全てを満たすのですが(月平均労働時間が500時間越えって何ぞ)、唯一賃金だけは高水準です。
(※私が所属していた研究室はブラックではありませんでした。念のため)

私は学振を取得できるレベルの院生ではなかったのですが、それでも就職したら学振の何倍もの(文字通り「何倍も」)給与を与えられています。
東大・京大クラスの優秀な院生でさえ学振の年間200万円強しか得られないのに対し、同大学を卒業した「優秀ではない」学生の年収は最低でも400万円台です。

「お金のために研究しているんじゃない」という正論さえ昨今では薄らいでいますが、一応反論しておくと、
ブラック研究室の問題はその「研究」さえ阻害されることにあるのであり、やりたいことができない上に金銭的ダメージまで受けることが企業とは異なります。
(そもそも大学院で「自分で好きな研究」が出来ている人は相当に優秀で、大半はそもそも好きかどうかもわからないテーマを追っているということはここでは触れません)


次に「回避可能性」について。

ブラック企業は、最悪の場合は「辞める」という選択肢があります。
履歴書上は好ましくないのですが、致し方ないでしょう。
勤務期間が1年未満だと転職は少々厳しいものになりますが、それでも「一度は就職できた」という事実が支えになります。
1年以上勤務していれば、少なくとも第二新卒としてのマーケットが存在し、
3年務めていれば専門性を持った人としてのマーケットが存在します。

翻って研究室。
「辞める」という選択肢を取ることは非常に難しい状況にあります。
単位も取得せず大学院を中退することは就職活動に大きな負の影響を与えてしまいます。
転職マーケットに比べ、大学院中退者に対する新卒マーケットは桁違いに小さいものになります。
大学院修了者の新卒マーケット自体が小さいのに何をかいわんや。

パワハラ・セクハラを受けている場合、ボスに楯突くことで単位取得が危うくなるため、実質的に奴隷状態になっていることが往々にして起こります。
他の研究室に移るという手段もあり、実際にそうした人もいますが、これまた実行性に乏しいことが否めません。

私もリクルートエージェントやインテリジェンス等の転職エージェントに友人がいるので内情を聞けるのですが、転職者の転職理由の7割は「上司と合わなかった」からだそうです。
そして彼らのほぼ全員が転職に成功しています。

要するに「もうボスの奴隷は嫌だ!」と思えば逃げ道があるのがサラリーマン。ないのがラボ。



何が言いたいかというと、
「お金を取るか、やりたいことをやるか」という悩みはアップサイドシナリオであり、
「お金もない、やりたいこともできない」というダウンサイドシナリオを考えた時に
やはり研究職は極めて不遇な環境にあると言わざるを得ない
ということです。

研究職を目指す、という「人生の実験」を試みる際、実験に失敗した時の対応策を用意できない学生は可及的速やかに就職した方が良いでしょう。実験系を構築するセンスも怪しいものです(自戒も込めて)。


学振も取れるほど優秀で、将来的な資金の目処もつき、研究室にも恵まれた人が、海外に流出せず日本の科学振興に貢献してくると・・・いいなぁ・・・
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組織の力

投資銀行のインターンに行ってきました。

もう楽しかったの何のって。

いろんな価値観や世界観が書き換えられました。



「研修みたいなものかな?」と思ったら、全く違いました。

新入社員と同じような仕事を割り当てられます。

「わからないことがあったらその都度質問してね」という体制でした。

わからないことも何も、何もかもわかりません、という状態だったのですが。

その分、毎日が刺激に溢れていました。

これまでわからなかったことが次々に氷解していく快感。

それ以上の速度で増えてゆく疑問。

世界はこんなにも面白かったのか、と思わざるを得ませんでした。


大学のサークルでディベートをしていたこともあって世界情勢にはもともと興味が強かったのですが、「世界情勢が目の前で、リアルタイムで動いている」ことを感じる興奮は全く別物です。

将来は自分もその情勢を動かせる立場になるのか、なんてことを妄想するのもまた一興。


サラリーマンには夢がないなんて誰が言ったのか

いや、私が洗脳されていただけかも。

「サラリーマンみたいに、組織の歯車になって一生を終えるなんて絶対に嫌だ。俺はたとえ一人になっても、真理を解明してやる」

そんな意気込みの研究者が周りに多かったからかもしれません。


それは違う、と今なら言えます。

組織の歯車になることと、夢を追うことは別の問題です。

(そもそも現状で、研究者に『夢』が溢れているかという点でさえ疑問符がつきます)

組織の強大な力を使わないと実現できない夢はこの世にたくさんあります。

むしろ、一人でもできるようなことはほとんど達成されてしまったのではないでしょうか。

達成しようとすることが難しくなればなるほど、組織の力が必要とされます。

物理学、特に素粒子論に見られる、数百人もの著者が並ぶ論文を昔は同情の目で見ていました。

「この人たちは研究をやっていて楽しいんだろうか?1人の役割は全体のほんの一部でしかないのに」と。

今は違います。

これだけの人数を組織して、全員が一つの仕事のために勢力を尽くすことができたことに対してエールを送りたくなります。

「第一著者になれなかった」とふて腐れている人だけではなく、「研究者として、真実の解明に貢献することができた」ことを誇りにしている人もいると信じます。

これまでは軽蔑していた、「組織化された研究室」も、一つの形態としてアリだと思うようになりました。


なんて青いことを語っていたら、こんな反論が。

「でも会社って、仕事を頑張って組織全体の業績があがれば自分の給料も上がるっていうモチベーションがあるでしょ?研究者の場合、研究室全体で成果が上がっても自分が第一著者になれなかったらほとんど意味ないじゃん。モチベーションが生まれないよ」

それは一理あって、研究者の場合には早い段階で「第一著者」(会社で言う“プロジェクトリーダー”クラス)になる必要があるため、それに資することのない仕事にはやる気が起きないもわかります。

であるならば、ある1つの研究に対して、「第一著者の称号が欲しい人」は2人くらいにとどめておいて、他の人は論文を出す必要がない人々(テクニシャンや就職希望の修士課程生等)で組織すればよいと思います。

そうすれば、1人ずつが単独で行動した場合よりも2倍以上効率は良くなるはずで。

そうすれば2人とも第一著者になれる確率が高まります。

「でも、特定の仕事しかしないなんてつまらなそう」

それはマネジメントの問題と考えられます。対応としては
1)特定の仕事だけやっていればいいという人を採用する
2)特定の仕事であっても工夫次第で汎用的な能力がつくことを示す
3)一定期間ごとに仕事内容を変える
など、方法は多様です。

従業員(研究者)のモチベーションの高低は、組織化されているかどうかではなく、マネジメントの良し悪しに関わってくるものです。

単独だからモチベーションが高まるというわけでもありませんし。


「けれども、研究室は企業と違って命令系統を明確化できないから、そんなにうまくいかないんじゃないか」

これはその通りだと思います。

企業は(少なくともうちの会社は)命令系統が極めて明確であるため、意思決定も早い上に、余計な混乱が起こりません。

大学は、そもそも大学院生は教授の命令に従う義務があるのかどうかという点でさえ非常に曖昧な状態にあります。

そもそも院生は大学にお金を払う立場。

そして教授は大学からお金をもらっている立場。

しかしその研究費は教授自身の力で獲得したものであり、院生はその研究費を使用している。

・・・何とも複雑です。

これでは(真っ当な神経を持った)教授なら、研究室を組織化して院生を命令系統の下に置くのを躊躇っても仕方ないでしょう。

逆に、現状でも研究室を組織化できるのはこの構図に鈍感なPIだけだからこそ、院生を不当にこき使うことも厭わないのかもしれません。

そのおかげでますます悪化する「組織化」のイメージ。

それは「組織」という形態が悪いのではなくて経営者がダメなだけだ、と言いたい気分です。



そんな感想を持つくらい、インターン先の会社は組織が上手く回っていました。

仕事が速い速い。

イメージとしては、毎週1本の卒論(分析報告書)が書けるほどです。

しかし入社後に求められるのはさらに桁違いの速度らしく、今の私にはそれがどのような世界なのか想像もつきません。

「研究5カ年計画」などという安穏とした雰囲気は二度と堪能することはないのでしょう。

5年先なんて、会社の存続自体が誰も予測できない時代なのに。

魅力的な研究環境を配備する前に

少々古いのですが、1月28日の日経新聞の記事より。

『科学技術立国の裏側(下)外資の引き合い多く 優秀な人材、流出止まらず』

<記事要約>
「東大情報理工学研究科では、優秀な修士課程学生の多くがグーグルへの入社を志望。
指導教官も、『他の会社なら引き留めるが、グーグルなら仕方がない』と言う。
グーグルの他にも、ゴールドマン・サックス、JPモルガンなどの外資系金融機関やコンサルティング会社など、就職先の中で外資系は約2割を占める。

外資系の待遇は日系企業よりも良い。
優秀であれば性別・人種・経歴に関係なく若い人材でも強引に引き抜く。
グーグルでは、インターン生でも、大学とは桁違いの高速処理システムを自由に使える。
インテルでは、正社員と同程度の待遇でインターンシップを用意。
HPに初年俸1000万円で就職した学生もいる。

日本の優秀な博士は米国でも評価が高い。
逆に、日本では外国人の技術者・研究者の割合は1%未満。
優秀な頭脳を国内に引き留めるための、魅力的な研究環境の配備が欠かせない」


この記事では「外資金融っていいな」というトーンで書かれています。
しかしこう言えるのは、外資金融とはいえ、学生時代の研究(IT)を生かすことができるからでしょう。
おそらくIT部門に行っているはずです。

しかし私のように、「生物基礎研究→投資銀行部門」という、意味不明な選択をする人には世間の風はあまり温かくはなく。

「すごい!・・・でも何の会社?」
「で、その仕事は何が面白いの?」
「時間、拘束されるんでしょ?かわいそう」
「子供ができたとき、その仕事って続けられるの?」

ぐすん(ノ△・。)

多くの「同情」は、実は会社に特化されたものではないとは思うのですけれど。
食べるために、面白くない実験をしている人だっていますし、
研究室によっては拘束が非常に厳しいところもありますし、
子供なんて、現状のアカデミアで持つ方が私なら不安です。


アカデミアや研究の存在意義は100%認めますが、しかしもう少し「アカデミア以外、研究職以外」の仕事についても自由に議論できる雰囲気を大学内に醸成すべきかと。
院生が26万人もいて全員がアカデミアや研究職に向いているわけがないのですから。
後になって後悔する博士が大量発生すると、意欲的な博士の士気も下がるように思います。

現状で、『様々な選択肢を検討した結果、やはり博士に行きたいと思った』という結論が下せるのは、「就職活動が許されている研究室で、就職活動をしようと思う人」という限られた人のみです。

記事にあるような待遇が云々の前に、基礎研究ではまず「世界はもう少し広い」ということを伝える必要があります。

実験では諸条件を検討して前に進むのに、自分の人生の検討をしない・できない状況はおかしい。

バイオ院生、投資銀行へ

とある外資系の投資銀行に内定しました。

多くの点で魅力的なので、そこに行こうと思っています。

部門は投資銀行部門。

会社を売ったり買ったり切ったり貼ったりするところです。

DNAワークの会社バージョン(違。


なぜここにしようと思ったか?

1. 業務内容が将来につながりそう(?)

将来、研究活動の評価機関を作ったり研究室経営のコンサルティングをしたりする上で、お金の流れを把握しておく必要がどうしてもあると考えました。

投資銀行の業務はつまるところ「資金調達」であり、世の有り余る金をどのようにしたら不足地帯に流すことができるのかを知りたいのです。

また、コンサルティングよりも、現場のどろどろした部分を見やすい、という点も魅力的です。

私には、人を動かす力が欠けているようでして。

それが求められる環境に身を置きたいという気持ちがあります。

マ○キンゼーのジョブプログラムでも、私の課題(欠点)は『論理で人を動かそうとするところ』『自分と同等以上の人とだけチームを組もうとするところ』と言われました。

どんな人であっても動かせる人間力がないと組織なんて組めないよ、とも。
ごもっとも。

私は論理力にも欠けるとは思っていますが、確かに論理で人を説得しようとする傾向は強いので、そこは改めたいと思います。

ただ、投資銀行では最初の数年はあまりクライアントに関わらなさそうではあります。

むしろ二流のコンサルの方が、実行支援までしているのでそちらの方が良いのではないかといわれればその通りなのですが。


うーん、でもコンサルもIBDも働く時間が同じくらいなら・・・お金とネームバリュー・・・

下積み時代があることに疑問は感じませんし。


2. 人が魅力的

ここははずせません。

メーカーや研究室と違って、銀行なんてやってることはみんな同じです。

異なるのは人だけ。

となれば、見るべきポイントは人だけ、とも言えます。

私の場合、超優秀な人が上司についてくれることが内定前に決定していました。

その人に教えられるなら入りたい、と思ったことが大きな決定要因です。

しかも私を役員面接に上げることを推薦してくれたのはその人らしくて。

やっぱり嬉しかったんですよね~。


3. 海外との交流が活発

意外に、外資系の会社だと海外に出られないということが往々にしてあります。

なぜなら、海外には現地職員がいるため、日本人を送り込む理由がとても薄いからです。

とある投資銀行は、人がステキだったのですが、国家間の壁が高そうだったのでやめました。

その点、今回内定した会社は、新人研修がニューヨークだったりロンドンだったりする上、業務もグローバルにローテーションできるシステムもあるので魅力的でした。

やはり、今後自分が仕事をする上で(もしくはプライベートであっても)自分の判断には世界の趨勢を反映させたいのです。




逆に不安といえば、まず何よりも体力。

『9時-5時』勤務に耐えられるか大いに疑問。
(↑どっちもa.m.)

あとは、優秀な人が上司なのは有難いけれど、その期待にこたえられるかな、ってところ。

いま頑張って企業価値評価やら簿記やら法務やら勉強していますが。

これはポジティブな不安なので解消しようとは思いませんけれど。



意外に早く終わってしまいました、就職活動。

こんなのでよかったのか?という気が若干しつつも、
それなりに悩んだ期間はあったので、たぶん良いんだと思います。

就職活動を通して思うことは多くあるので、それはまた後日。

悲喜こもごも、学振。

学振の結果がわかる時期です。

毎年のことながら、落選した人への接し方がわかりません。

優秀で努力家なのに、テーマが難しくて結果が出ていない人が落ちていると特に。

通っている人もいるだけに、なおさら。

こういう現実を目の当たりにすると、研究評価の改善の必要性を強く感じます。

MOTの前に、management of intelligence。

こういう研究もやりたい。

国の大事な資源が浪費されるのは見るに忍びない。

山中教授:「日本の研究者はもっとコミュニケーションを」

今週のPRESIDENTに、iPS細胞の作成に成功した山中伸弥教授のコラムが載っていました。

ビジネスマン用の世俗的な雑誌に科学者の意見が載っていることに少し嬉しくなりました。


山中先生の主張は主に二つ。
1)「日本はES細胞の使用に対する規制を緩和すべきである」

「ブッシュ大統領はES細胞の使用に反対していますが、連邦予算をつけないというだけで、研究自体を禁止してはいません。」
「日本でヒトES細胞を実験で使うには、審査などで1年以上かかります。」

同じ京大の中辻先生もいつも指摘していますが、日本のES細胞の研究には規制が多すぎで、海外との著しいハンデがあるとされています。
頭脳流出を招いたり、頭脳流入を阻んだり、もしくはせっかく研究でプライオリティをとってもすぐに抜かれたりという問題が起こります。

山中教授はiPS細胞の知財を日本で確保するために苦吟されています(BTJジャーナル9月号参照)。
国益の防衛をなぜに末端の研究者がやらねばならんのか。
愛国教育とかの精神論の前に、事務レベルで国益損害を防ぐことを考えて欲しいものです。


2) 「日本は研究者どうしがコミュニケーションを深められる構造を作るべきである」

「アメリカの進んだ研究所になると、複数の研究チームが設備を共有し、浮いたお金で人を雇う。使わない機械よりも、新しいアイデアを持った人間の方が何倍も価値があることを知っているのです」

「海外では、壁のない大部屋で複数のチームが隣り合って研究をしている光景をよく目にします。吹き抜けにして、垂直にもコミュニケーションができるようにしているところさえあります。建物の構造からして日本と考え方が違います」

やはりこれこそがアメリカで研究をする真髄と思わせます。
正直、アメリカの方が実験機器がスゴかったという話はほとんど聞きません(逆はよく聞きます)。
しかし、アメリカにいると「研究者間の交流・議論」が日本と桁違いに深まるという点で渡米経験者の意見は一致しています。

日本では研究室内の議論さえ活発ではありませんし。

今日も、研究室間交流の重要性を痛感させる出来事がありました。
他のラボの友人と喋っていたら、その友人は私が欲しかったDrosophilaのcircadian rhythmに関する情報を持っていて、調べる手間が大幅に減りました。
というか、全く予想もしない情報だったので、一人で調べていたらたどり着かなかった可能性の大きいものです。

当局に頼っていても埒があかないので、しばらくは研究者が自発的に交流に勤めるしかないのでしょうね。
建物の構造などはどうしようもありませんが。

本当に、日本の研究は末端に対する負担が重過ぎるように思います。

火星の土地、natureが購読得点として分配

nature から、定期購読に付随するプレゼントが来ました。

プレゼントは、火星の土地


さすがnature、こういう俗っぽいことには余念がありません。

おそらく、Lunar Embassy という会社とタイアップしているのだと思います。(→HP

この会社は、世界で初めて月の土地を販売し始めたところ。

現在、1エーカー単位でばら売りしてます。

そんなことしていいんかい?

という点に関しても詳しい反論が載っています。


実際には議論の余地がありまくりなんですけどね。
法的にも、倫理的にも。


1エーカー3000円で販売していて、現在4億エーカーを売ったとのこと。

(買うといっても証明書=紙切れが送られるだけなので、手数料や原価は1000円くらいでしょう。よってこの会社の利益は、ざっと2000円×4億=8000億円・・・。頭いいなぁ。)


自分では制御不能の空間に対して「権利」を主張するって、おもしろいなぁ。

逆に考えれば、この地球も、どこか遠く彼方で宇宙人が
「あそこはオレの土地だ」
「いやワタシのだ」
なんてケンカしている可能性もあるわけですね。

ん、というかこれは地球各地の原住民の現状と同じなのか。
もともと原住民が住んでたのに、帝国同士が権利を主張しあって、交互に侵略してきたり。



うーん、いろんな思考実験をさせてくれる、funnyな企画です。


【追記:注意】
どうも、この「プレゼント」メールはnature側のミスのようです。

不特定多数の人に回っていて、一部の人にはお詫びメールが来ているようで。

がしかし、私のところには訂正メールが来ていません。

こちらはホンモノなのでしょうか。

確かにこんな企画があったような気がしていた(しかし定かではない)ので、全く疑いもしませんでしたが。

怖。。。

アカデミア志向の崩壊

lanzentraegerさんの『うすっぺら日記』の記事が話題になっているようです。

(Entry1:アカデミアへの進路の固定はどうしてなのか)
(Entry2:なぜアカデミア志向は瓦解したのか)

TBをたどれば他の方々のエントリーも読めます。
どれも読み応えがあります。

正直、そろそろこの問題への興味が脱感作ぎみなのですが。
それでも自分の問題である以上は無視するわけにもいかず。

今月号のAERAにも博士・ポスドク問題が取りあげられていましたが、
なんとも「うすっぺら」な記事でした。
博士の生の声がわずかしかない上に、ステレオタイプ。

「うすっぺら日記」の方がよっぽど「アツい」と思います。


ただ、この問題が周知されてきたからか、私の周りではアカデミア志向が非常に薄い印象があります。

周りの優秀な友人のほとんどが就職活動をしています。
「ドロップアウトして就職した」というイメージから逆転して、
「ドロップアウトして博士に行った」というイメージが定着するのも時間の問題ではないかとさえ思わせました。

実際に、「就活に失敗したからドクター」という人もちらほら・・・。


ただ、以前にも書きましたが「就職」と一口に言っても多様を極めるわけで、
学生の言う「就職と進学、どちらがいいか」という問題設定自体が視野の狭さを露呈しているようにも感じます。

Principles of Neural Science 6th, 発売延期

神経科学の代表的教科書、Principles of Neural Science の第6版がまた発売延期になったようです。

当初は今年の1月1日に発売する予定だったのに。

元旦当時、バンクーバーにいた私は、一刻でも早く購入しようとバンクーバーの書店を渉猟したのに。

ない。

ネットを確かめてみたら、今年の10月に延期、とのこと。

ショック。

それから9ヶ月。

今日、「そろそろ発売だな」と思ってAmazonを見てみたら。

発売予定日が来年の1月19日に伸びておる!


じらしすぎ。

いつの間にか Purves の Neuroscience 4thが発売済みだし。

3rdを読み終わっていない状態で新刊が出たので、ちょっと敗北感を味わいつつ。


とにかく早く欲しいです、Principle。

これだけじらす以上は最新のデータで固めて欲しい。

野村総合研究所(NRI) ビジネスインターンシップ

野村総合研究所(NRI)のビジネスインターンシップに行ってきました。

NRIは大企業や官庁へのコンサルティング業務をしている会社です。
シンクタンクとして生まれましたが、現在は戦略コンサルが主業務になっています。

インターンの期間は一週間あり、実験の進行に支障を来たしましたが、
それでもこのインターンへの参加は本当に良かったと思います。

何より、自分が社会に出たときの市場価値を概算することができます。
私はこのインターンを通じて、自分にはこの業界において市場価値はないということを知ることができました。

「考えることが好き」
「知識を仕入れるのも好き」
「世界の幅広い分野に興味がある」
「生産性の高いシステムを構築することが好き」
という自分の特性から、コンサルティングという仕事は自分に合っているのではないかと思ってしまったわけですが。
実際に仕事に取り掛かってみると、仕事内容自体はとても好きであることは確認できたものの、その処理スピードが半端なく遅い&センスがないことに気づいてしまいました。

今から訓練して市場価値を高めるという方法もありますが、現時点である程度のアウトプットを出せないことを考えると、やはり自分にもっと適合した分野で仕事をした方がよいと思わせられました。

その意味で、やはりインターンは会社と学生との双方に多大なメリットがあります。
・会社側は、間違った採用を防げます。(一週間も見ていれば、「使える」学生かどうかは簡単にわかります。)
・学生側は、間違った就職を防げます。(好きだからといってその会社でやっていけるとは限らない)

NRIの場合、インターンといえども、ES、SPI、個人面接、GD、GIと5つのテストを実施して学生をスクリーニングしています。
それでも今回、12人のうちかなりの人数が「僕/私はこの職に向いていない」と感じていましたから、やはり採用にミスはつきものだということがわかります。
それを事前に防げるのですから、こんなに良いことはありません。

8月20日の日経新聞に、「即戦力の博士育成のためにインターンシップを実施」という記事がありましたが、これには大賛成です。
企業としては、「優秀な博士は採りたいけれども、コミュニケーションのとれない人物だったりしたら大変だ」という意識があるようです。
インターンを実施すれば、採用したくない博士は事前に排除できるため、有能な博士を取る機会が増えます。
ただ、企業主導ではなく政府主導で行われているので、おそらく企業側もそんなに需要がないのだろうな、とは思います。

本当は博士ではなく修士の時点でインターンを行うべきとも思います。
博士に進まずに就職すべきということを理解させる機会になったり、
博士に進学するにしても、このままでは社会に出られないということを実感することができます。

私も今回の経験を通じて、今行っている実験の無謀さを悟りました。
もっと長期的な展望と計画性をもって行わなければ、私の実験の意義を誰も納得しないということがわかりました。
加えて、インターンでは自分の位置(価値)がわかったのとは対称的にに、ラボは自分の位置を定められるような環境ではないため、大きな不安も覚えました。
もし自分が研究にも向いていないのだとすれば、それはどのように証明し得るのか?
もっと厳しい、競争的な環境に身を置いた方がいいのではないか?
などなど、考えることが多くありました。


最後に。このインターンを勧めてくれたのは、工学部の友人と経済学部の友人でした。
自分の学部だけに閉じこもっていたら情報自体が入ってこなかったでしょう。
多様な人々と付き合おうとしたのは正しかった、と確認できたのも有意義でした。
今回も、個性的な友人(戦友)ができましたし。


NRIインターンでは、演習問題的ではなくて本物に近いケースが扱われますし、社員の方々も非常に協力的で、多くの時間を割いてくださいます。
短時間ながら、自分の成長を実感できる良質なプログラムです。
お勧めですよ。

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