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【記事】参議院選挙結果の、バイオ業界への影響

昨日のBTJジャーナルより。

参議院選挙で与党が大敗したことによる、ライフサイエンスへの影響を論じており、なかなか興味深く読めました。

私は今回の投票にあたり、自分の本業の政策に関しては全く無視していたことに今更ながら気づきました。



記事の要点は以下の通り;

・バイオ関連企業の株価変動は正味でゼロであり、株価からは今後の動向が読めない

与党のバイオ関連議員が多く落選
バイオ産業に詳しく、振興にも努めた藤井基之議員の落選が痛い。

・日本医師会に関連した議員も落選している。
医師会は混合医療に反対しており、バイオの発展のためには混合医療が必要であることを考えると、この影響はプラスかマイナスか不明。

・安倍政権が倒れたら、「イノベーション」という言葉自体がタブーになりかねない。

首相の所信表明演説で、医薬品産業を取り上げた首相は安倍首相が史上初。
実際、医薬品医療器機総合機構の定員を3年で倍増しにしたり、ベンチャー振興を打ち出したりと、わずか1年で未曾有の改革を実現した。

・国民にイノベーションの重要さを認識させ、現状ではイノベーションを阻む規制だらけであることを気づかせた功績は大きい。
(以上)


へ~、そんなに頑張ってくれてたんですか、アベちゃん。

一般の人から見ると「信用できない」的な首相でも、
生産者側から見ると「なかなかよくやっている」という場合はよくあるようですね。

消費税を5%に上げたことで日本経済に大打撃を与えた橋本龍太郎も
金融界ではビッグバンの功績がかなり認められているようですし。

しかし選挙では大多数の「一般人」が力を持つのでどうしようもありません。

記事で紹介されている藤井基之議員が落選する傍ら、
自分への投票権さえない某アナウンサーが当選したり
「年金の不正受領」を促した某プロゴルファーパパが当選したりしているわけで。



選挙に、「投票に対する真剣度」の重み付けをできないか、と考えることがよくあります。

有権者全員に、選挙に関する試験を実施して、そのスコアが票になる、とか。

たとえば試験問題として、
「各党が掲げる、憲法9条に対する見解として正しいものは次の1~5のうちどれか」
みたいなものを有権者に課すわけです。

で、各問題の選択肢(解答)は各党に作らせる。
解答はマークシート式にして、コンピューター処理。

有権者は、マークシート付の投票用紙に、解答と支持政党をマーク。
正解した問題の分だけその党に票が入る、というふうにするとか。

これなら、どの党に入れるか関係なく、
“各党のマニフェストをちゃんと読んでいる人(∝国政をよく考えている人)”の票がより大きく国政に反映されます。

「けんぽーきゅーじょーってなに? あ、このタレント知ってる~。じゃ、この党にしよ」
という人の票を限りなく無効化できます。

衆愚制を防ぎつつ、かつ表現の自由を維持できます。
(義務教育の徹底が前提になりますが)

どうすか、この案。

問題のテーマ自体をどうやって決めるか、という課題はありますが。
テーマさえ決まれば、かなり客観性は保てるテストなのではないかと思います。


・・・。

あ、バイオと全く関係ない話になってしまった。

とりあえず衆議院にもバイオ系の議員はいるらしいので、
彼らが次の衆院選に向けて気を散らさずに、識者への諮問をがんばってくれることを望みます。
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【BOOKS】『新しい科学論』:白衣の聖職者、神即自然、無神論

新しい科学論―事実は理論をたおせるか 新しい科学論―事実は理論をたおせるか
村上 陽一郎 (1979/01)
講談社

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1979年に発行された本です。

題名は「新しい」科学論、となっていますが、内容は
「『事実』というのは理論に対して中立ではなく、理論に合わせて事実が現れることもある」
という、現在ではかなり常識化した考え方です。

しかし、未だに売れ続けているだけあって、議論を補足するために使われる例がおもしろい。
教養に溢れています。
「なんとなく頭がよくなった気がする」
と思えるメリットを享受できます。

加えて、
「キリスト教はいかにして科学を生んだか」
「現在の科学にはなぜキリスト教の影が薄いのか」

という点について、納得のいくストーリーを提示してくれています。

以下、特に興味深かった点のピックアップ。
(色文字箇所=引用)

「ここ十年ばかりで明らかになってきたのは、『科学者』=『白衣の聖職者』という図式が現実に崩壊しつつあるということです。」

「白衣の聖職者」??
初めて聞く表現です。
何ですかそれ。
まだ「白衣の天使」の方が、かろうじてリアリティを残しています。

当時よりも10年前、つまり1960年代では
「科学者とは、真理だけを追い求め、ひたすら人類の幸福のみを目指して行動する高潔な志士」
と思われていたようです。

翻って現在。
私は8月に行われる生化学 若い研究者の会に参加するのですが
そこのワークショップの一つはこんな題名です。

『研究下流社会をぶっとばせ!』

・・・聖職者から一気に下流に落ちてます。デフォルトで。
恐るべし、研究者のインフレ。


「コペルニクスの地動説を書いた書物、『天球の回転について』は、当時の教会から出版許可をもらっているばかりでなく、フロムボルクの教会から出版の後押しさえしてもらっているのです。
(中略)
コペルニクスの『天球の回転について』を読んでいて気づくことは、彼の頭の中には常に、この世界を支配しているのが(キリスト教的な)神である、という基本図式が存在していたことです。
この世界を神が造ったこと、そのとき神は整然とした秩序をこの世界に与えたこと、そうした美しい神の秩序は、自然の中の至るところに読み取ることができること、そうした基本図式こそ、コペルニクスの「先入観」であり「偏見」でありました。」


これはかなり意外でした。
当時の「天動説VS地動説」論争が、一般の認識よりはずっとまともであったことは聞いていました。
(「地動説が本当なら、星の年周視差が観測されるはずなのに、観測されないではないか」という、至極真っ当な反論があったのです。)
しかしまさか教会がバックアップしていたとは。

ガリレオの裁判も、「地動説」を裁いたというよりは、
当時 教会の組織内で力を伸ばしていたガリレオに対する牽制だったようです。
(つまりただの権力闘争)
ガリレオ自身もカトリックにどっぷり浸かっていたようで。
目からウロコ。



「スピノザは『神即自然』という一種のスローガンを立てたことで知られていますが、この「神即自然」という表現は、こんな意味だと理解していただいてよいでしょう。神は、最初の創造のときにこの世を造ります。そのとき、神は自然界に厳密な秩序を与えます。世界はその秩序の通りに動きます。
(中略)
神はもはや、自然の『外』にあるというよりは、自然そのものであると考えなければならないのではないか。」


なるほど。これが「スピノザの神」ですか。
アインシュタインが「私はスピノザの神を信じる」と言った意味がやっとわかりました。
確かにこの考え方なら私でも受け入れられそう。

現代の宇宙論でも、「宇宙は “ゆらぎ”から生まれた」という理論が「神の最初の一撃」説と称されることもありますし。

また、「神即自然」説から生まれる「無神論」の説明にも納得がいきました。

「<神=自然>なら、わざわざ自然を「神」と言い換える必要がないではないか。ならば神という概念は要らない」

ごもっとも。

この考え方を踏襲する「無神論」は、日本で一般に称される「無神論」とは異なる、という注意書きがされています。
しかし海外で出版されている「無神論」の本も、日本の無神論と似たようなものです。
(そもそも日本では「神」論そのものに人気がないので、日本の無神論は海外の無神論の輸入かもしれません)


科学者が「聖職者」でなく「ただの人」となった今、
無神論は別の意味で説得力を持ってしまいそうです。

一般向け科学書の影響力

今週のnatureのnews and views(vol 448, pp263)に、統合失調症についての小総説がありました。
Neuronに掲載された一連の論文が中心となっています。

で、この記事をまとめようとしたら、このNeuronの記事は2ヶ月前に自分でレビューしたものだということに気づきました。

内容を完全に忘れていた自分にショック。
「書けば理解が深まる。書けば忘れない」
がブログを始めた動機だったのに、あまり達成できていないようです。
しくしく。

でもまぁ、これで「忘れていた」ことは思い出せましたし、
自分のレビューは相当読みにくいこともわかりました。
かなり簡潔にまとめているつもりなのですが。



この記事に目が留まったのは、ちょうど自分が考えていたテーマだったからです。

この記事の見出しは:
「人間固有の精神病を、遺伝子を改変したマウスで解明することはできるか?できる!」


つい先日、法学部出身の方々に「マウスを調べて人間がわかるのですか?」という質問をされ、うまく説明できなかったことが悔やまれたので、この見出しは魅力的でした。

「この統合失調症マウスの話をすればよかったかな」

とも思いましたし、

「いや、この話をしたところで『結局その現象は人間の精神を模倣できているのか不明じゃないか』という点については説明できない気がする」

とも思いました。
どうなんでしょう。
彼らの質問はもっと根本的のようにも思います。



素人の方々からの質問に答えることは、「物事の本質だけを簡潔に伝える」訓練になります。

今回は他にも、
「DNAの配列はどうやって調べるのですか」
「遺伝子はどのように組みかえるのですか」
「タンパク質のような小さいもの、どうやって見るのですか」
などの質問をされました。

シークエンスの方法など、サンガー法を簡単に説明する自信がなかったので、
「電子顕微鏡で見えますから」
と、テキトーな答えをしてしまいました。

実際、サンガー法が開発される前は、DNAの配列を電子顕微鏡で直接読み取っていた時期もあるため、あながち間違いではない、ハズ。
(言い訳)

今考えれば、
「DNAの文字の一つ一つに異なる色をつけて、先っぽから一つずつ切り出してその色を見ることでわかります」
と言えば、(かなり間違っているにしろ)大まかなサンガー法の説明にはなったかな、
なんて思います。


制限酵素でなぜDNAが切れるのかという質問など、
量子力学まで入り込んでしまうため、もうどうやって説明していいのやら。



彼らは、銀行、鉄道会社、電力会社、電機メーカーの社長や取締役でして、普段は神経やDNAの話など全く関係ない仕事をしてらっしゃいます。
なぜ神経の話にこんなに食いついてくるのか疑問でした。
よくよく聞いてみると、彼らの一人は池谷裕二さんの著書を読んで興味を持ち、他の人は茂木健一郎さんの著書を読んで興味が出てきたとのことでした。

池谷さんや茂木さんの社会的影響力は意外に大きいのではないか、と思ったものです。
同時に、理系の研究者に対しての間接的な影響力も無視できません。
往々にして、理科系の研究に出資するのは文科系の組織・人間だったりしますから。
(あ、企業幹部の皆さんに会いに行ったのは出資願いのためではないですw)

同時に、エセ科学を流布させている人々も、社会的影響は同等(かそれ以上)に大きいはずです。
となると、マトモな研究者がマトモな一般向けの本を書いてくれることは、かなり意義が大きいように思えてきます。
少なくとも選択圧が増加します。

「研究者は、本なんて書いてるヒマがあったら実験して成果を出せ」
という声はどこにでもあります。
しかし科学全体に対する世間の理解を深めてもらうには、彼らの存在は貴重です。


まぁ、私の場合、
「学生はブログなんて書いてるヒマがあったら実験して一人前になれ」
という言葉に対して何ら反論する根拠も意思もないのですが。

日本人研究者の英語

とある国際学会@奈良に行ってきました。

私はただの聴衆だったわけですが。
それでも、普段は論文でしか名前をお目にかかれない大家を生で見て、
研究テーマも競合してることを実感できたのは有意義でした。

内容の詳細はとりあえず脇に置くとして、
今回は特に、日本人の英語のひどさが耳につきました。

私にはまだ業績が何もないので、人のプレゼンに対して何も言えないのが非常に苦しかったです。

ボスや先輩が

「あの人のプレゼン、本当にひどかったよね」

と言ってくれるたびに、

「(ああ、代弁してくれてありがとう)」
「(やっぱり業績があるっていいなぁ)」

なんて思ったものです。


いや、でも本当、圧倒的でしたよ、日本人の英語は。

なんというか、既に得意・不得意のレベルを超えて
マナーの問題に突入している人が何人もいました。

なぜわずか10分のプレゼンの英文をチェックしないのでしょう?
せいぜい1000語余りです。
全単語の発音やアクセントを調べようとしないのはナゼ?

almostは形容詞じゃないですよ。
stressのアクセントを「ト」に置いている人、そこに母音はありません。
doneを「どん」って読むの、やめてください。

中学生級のミスが多すぎます。
(しかもパワポのスライドにまで間違った英文が書かれていることもあり、非常に恥ずかしかった)
冠詞専門の文法書を何冊も買って勉強している自分がアホに思えてきます。

私がもし国際学会で発表できる機会を与えられたら
誰にも文句が言えないほど文法も発音も語彙選択も完璧にしていくのに。

それとも国際学会というのは、私が思うほど魅力的ではないのでしょうか?

いや、たとえそうであっても、20カ国以上から300人以上の研究者が集まる場において
聴衆の時間を浪費させるような行為はしたくありません。


それと司会者!
自分が担当するところの演題や演者の発音を、事前に練習しないのはなぜですか?
一単語ごとにつっかえたり、演題の中の「12」を「イレブン」って読んだり、
そういうのは失礼と思わないんですかね。


あ、もちろんプレゼンのうまい研究者もいましたよ。
とても安心して内容に集中できました。
自分の業績を正当に評価してもらうためにも、最低限の英語は必要と切に思います。




とりあえず実験のほうを頑張ろうっと・・・

【記事】博士取得者に「20%」ルールを

日本物理学界が、「若手の研究者は20%の自由に使って好きな研究を」という提言をしたそうです。

以下、読売Onlineから引用します。


若手の研究者は、仕事時間の20%を自由に使って好きな研究を――。日本物理学会(坂東昌子会長)が、こんなユニークな提言を発表する。

 「20%ルール」は米企業「グーグル」などが取り入れて、社員のやる気を引き出しているが、学会が呼びかけるのは異例。背景には、博士号を取得しても、希望する研究職につけない「博士余り」の問題がある。若手博士の視野と発想力を広げ、企業など幅広い分野で活躍させるのが狙いだ。

 これまでの若手指導は、一つのテーマに集中することが良いとされる傾向があった。ただ、専門性の高さを「視野が狭い」「社会性がない」と企業側はみなし、博士の採用を敬遠。博士も企業と接点がなく、就職に積極的ではなかった。

 同学会では、若手が異分野の研究も行うことで人材としての魅力がアップすると考えた。たとえば、素粒子や宇宙論の研究者が経済を研究して金融に進んだり、渋滞の仕組みを研究して交通関係に進んだりすることをイメージしている。

 坂東会長は「若手に新しいことに挑戦する時間を与え、学問の幅を広げることで就職先を増やしたい。若手を雇用、指導する側の意識改革が必要」と訴える。同学会では、他の学会などにも呼びかけ、「20%ルール」を広めていく。

 博士余りは、産業界の受け皿が少ない生物科学と、物理などの基礎科学分野で深刻。大学院の博士課程進学者は2003年度をピークに減少するなど、博士離れも生じている。
(以上)


なんとも皮肉な記事です。
Googleの20%ルールって、「この時間で好きな “実験” をせよ」という意味なんですよね。

失敗してもよいから、自分で考えたサービスを試してみよ、と。
たとえばGoogle Newsもこの“実験室”Google Labで生まれたものです。

で、今回の提言は、20%ルールを「本物の実験室」に適用しようというものです。

つまり、これまでは自由な実験はできなかった、と。

上からの命令を実行するだけの技術者、みたいな。

実際にそういう状況の人が多いからこそ生まれた提言なのでしょうが。



そしてこの提言、成功するとはあまり思えません。

ボスの種類を2種類に分けてみましょう。

まずは「ポスドク=奴隷」と思っているPI。

この人は、20%ルールを適用することに何の意味も感じないはずです。
記事にあるような「物理学を渋滞に応用する」みたいなことを部下が考えたところで、
「自分の基礎研究」には何ら貢献しないからです。

20%ルールのコンセプト自体が「企業に好かれる」ことを目的としていて、基礎研究ラボの利益など度外視しています。
20%ルールが企業の利益に繋がるGoogleとは構造が全く異なります。

よって、こういうPI達はこれまで通りポスドクを奴隷として使い続けるでしょう。


次、「ポスドクは将来の科学を担う貴重な人材だ」系のボスについて。

こういうPIの下に就いているポスドクの人たちは、現状でも20%程度の時間を「自由な勉強」に充てる余裕はあるのではないでしょうか?
裁量労働の中に含められる時間の20%は無理だとしても、たとえば裁量労働時間外の時間に「自分の研究は社会にどう生かされるんだろう」的なことを考える余裕くらいはあるはずです。

だとすれば、たとえボスが20%ルールを叫んだところで、ポスドクの側にモチベーションが生まれない可能性があります。


実際、研究者達の視野って本当に狭いです。

たとえば電気生理学的手法でカルシウムチャネルを扱っている人にとって、
「組織学的なナトリウムチャネルの役割」の話は完全に興味の外という場合が往々にしてあります。

分子屋さんが神経や個体についての論文を読んでいるだけで、
「君は興味の対象が広いんだね(≒ヒマなら実験したら?)」
的な雰囲気が漂います。

経済や政治にも興味があるなんてとても言えません(ビクビク)。

20%ルールを適用したところで、本人達に「企業が求めるような広い視野」を勉強する意欲がなければ全く意味がないと思われます。
もともと、多くの博士が社会に興味がないから就活もせずに進学しているわけで。

加えて、Googleでは「20%の時間に何をしたのか」まで評価対象に入ります。
だからこそ社員は必死になって創造的な実験をするのです。
ポスドクの場合、本業の20%を他の勉強に使うことは大きなリスクであり(その間の実験を削ることで競合者に負けるかもしれない)、20%の時間が魅力的に映る可能性は低いと考えられます。


というわけで、単に20%ルールを叫ぶだけでは何も変わらないでしょう。

学費を「払っている」院生の就職に関しては何ら効果はありませんし。



あと、記事の最後の「博士の数が減っている」のはむしろ喜ばしいことなのではないかと思ったり。

共感覚における「色」と「文字」の関連付けは双方的

共感覚における「色」と「文字」の関連付けは双方的

B.Meier, N.Rothen
When conditioned responses “fire back”:Bidirecitonal cross-activation create
s learning opportunities in synesthesia
Neuroscience 147, pp569-, 2007


共感覚に関する以前のエントリーで、
「Tの文字が赤色に見える人は、赤色を見るとTが見えるのだろうか?」
という疑問を書きました。

上の論文は、この疑問に対する答えです。

「自然状態では”文字→色”の一方向でしか想起されないが
 双方向に “文字⇔色” が想起されることもありうる」

また、文字と色だけでなく、他の共感覚でも双方向に関連されうるだろう、ということも示唆しています。

fMRIではなく、皮膚コンダクタンスを用いて実験系を工夫していることに共感がもてました。




この論文とは直接関係はないものの、共感覚については思考実験をしてみるといくらでも疑問が浮かんできます。

・合成された文字はどのように見えるのだろうか。

たとえば漢字の「一」が赤、「二」が青に見える人は、「三」はどのように見えるのだ
ろう?
赤線が三つ?
上一本が赤で、下の「二」の部分が青?
それとも「三」自体が赤でも青でもない他の色?


・色は周囲の環境によって様相を変化させるが、共役する文字も変化するのだろうか。

青を見るとP、濃紺を見るとQが思い浮かぶ人は、
青を見ながら部屋の照明をだんだん暗くすると何が見えるのだろう?
見えている色が濃紺に近くなるからQになっていく?
それとも周囲の環境と比較した補正がかかってPのまま?


・共感覚によって想起されたものが、さらに別の共感覚を想起させることはないのだろうか。

たとえば

「Tの文字が青に見える」
「青を見ると【ファ】の音が聞こえる」
「【ファ】の音を聞くと数字の5が想起される」

という共感覚を同時に保有している場合、
Tの文字を見たときに頭の中では何が起こるのだろうか。

etc,



脳研究の現象論的なアプローチは好きではないと言っておきながら
読んでいる論文は現象論的なものが多いというこのヘタレっぷり。

ストーリーがわかりやすいのと、知らない用語がほとんど出てこないことが主因です。
要するにただの勉強不足orz
精進せねば。

温暖化でマラリアのワクチン開発が促進される?

マラリアって、いまだにワクチンが存在しないんですね。
恥ずかしながら、最近知りました。

以下、マラリアを特集している7月号の National Geographic より。

・マラリアは現在、106カ国で流行中。史上最悪の規模で猛威を振るっている。

・今年だけで、マラリアで5億人が感染し、100万人が死亡する見込み。
この数は、20年前と比べて2倍以上である。

温暖化が進めば、日本や欧米地域にもマラリアが広まるだろう

・蚊に一度刺されるだけで5万のマラリア原虫が流入する。
しかも、人間の生命を奪うのには、マラリア原虫1匹でも事足りる。

・マラリアの感染・発病経路は以下の通り。

1) マラリア原虫が肝細胞に到達する

2) 1週間で感染時の4万倍に増殖し、原虫で飽和した肝細胞が破裂する。

3) 破裂した原虫は再び血液に侵入。2日間、赤血球の中で増殖する。

4) 赤血球も破裂し、血液中にまた大量の原虫が放出される。

5) ここで初めて免疫反応が開始されるが、増殖は赤血球内で行われるため、効果がない。

6) そのうち、何億というマラリア原虫が体を埋めつくす。

7) 症状として、脳マラリアや、赤血球不足による酸欠がおこる。

8) 背中を弓なりにそらせ、手足を硬直した状態で意識不明に陥る。


・1950年代、WHOはマラリア撲滅を掲げ、DDTを散布しまくった。
これは大きな効果を上げ、バルカン・台湾・南太平洋地域では実際に撲滅された。
しかし資金が枯渇したことで計画は頓挫。その後、またマラリアは増えることになる。

・また、DDTの環境汚染効果が判明し始めたため、今では対マラリア用に使おうにも入手が困難である。

・寝る時に蚊帳を使うだけで、感染確率は半減する。
(ちなみにこの蚊帳、日本の住友化学のものが世界第一級らしいです。日本の技術が世界に貢献できている一例として、北岡伸一 元国連大使が紹介していました)

・マラリアに対するワクチンは一つもない。
ウイルスの遺伝子は少ないが、マラリア原虫の遺伝子は5000以上。
しかも潜伏する器官を頻繁に変えるため、ワクチンの設計は困難を極める。

・現在、世界で90の研究チームがマラリアワクチンの開発を進めている。

英国政府は、開発が成功したらワクチンを大量購入し、必要な国に寄付すると公約している。
グラクソ・スミスクラインは米軍と共同研究しており、ワクチンの有力候補を開発した。

・「サナリア」という名前の製薬会社は、マラリアワクチンの開発のみを手がけている。
社名の「サナリア」は「マラリア(瘴気)」の反意語で、「清浄な空気」の意味。

14年の研究の末、開発された薬に自信を持ったCEOは、自らそのワクチンとマラリア原虫を自らに投与
しかし、見事にマラリアを発症していた。

・今でも、サナリア社では世界中から集まった30人の研究者が研究を進めている。

(以上)

意外でした。

「世界中で90の研究チームがマラリアワクチンを研究している」という点。

こんなにあるとは思わなかったんですよ。

「マラリアや住血吸虫症など、貧しい国々で流行している疫病に関する研究費はゼロに近い」
(Joseph E Stiglitz, “Making Globalization Work” 2006 , Chapter 4より)

と聞いていたので。
(スティグリッツ氏は、製薬会社による製造権独占を批判しています)

もちろん、これだけ多くの人が苦しんでいるにもかかわらず、世界で90しか研究チームがないとも言えます。

マラリアワクチンの研究「だけ」をしている会社でさえ、研究者の数が30ということも象徴的です。
30って、私が所属する研究室の人数より少ないではないですか。

マラリア研究をしている人は世界で1000人に満たない可能性もあります。
世界には研究者が300万人以上いることを考えると、やはり割合として少ないと言えましょう。

遺伝子が5000以上あることが困難の一因と本書では述べられていましたが、
研究者の数と金さえ投入すれば大きな問題ではないように思ってしまいます。
がんとは異なり、明らかにマラリア原虫は「非自己」なんですから、
体からの排除は原理的に可能なはずです。
(素人考えですが・・・)


「温暖化により日欧米にも広がる」
ということが懸念されていましたが、これは人類全体として見るとむしろチャンスかもしれません。

日欧米にマラリアが広がったら、研究チーム数は90どころではなくなります。
(自分に原虫を投与するような涙ぐましい研究者も増産されるはず)

研究資金も、「ほとんどゼロ」どころか、何兆円規模で投入されるはずです。
(WHOのマラリア対策費は、資金を搾り出しても1200億円どまりでした)

ワクチンくらい、そのうちできますって。


実際、遺伝子組み換えジャガイモの中には、害虫に存在する特定の遺伝子だけを攻撃してその害虫を駆除するものがあるじゃないですか。
その虫だってかなりの数の遺伝子を保有しているはず。
ジャガイモでできるならマラリアでもできる!(根拠薄orz)

(そういえば、蚊そのものを撲滅することってできないんだろうか?
蚊って生態系に重要なの??)

無論、現在のHIV薬などがそうであるように、国や会社が特許を主張して結局そのワクチンが途上国には届かないという事態は容易に考えられます。


それでも、イギリスはその会社から大量購入して必要な国に分配すると言ってくれているのですから、現状よりはマシになるでしょう。
(帝国は植民地にそれくらいのことはしてくれなきゃね)

また、先進国自身が深刻に苦しみ始めたら、各国政府が強制特許を行使して、どの会社でもその薬を作れるようにすると考えられます。
そうしたらその薬の値段はコスト+αくらいにまで下がります。


温暖化は、もしかしたらマラリアワクチン開発へのチャンス、なのかもしれません。

「たくさん遺伝子」はシナプスを変化させる

「たくさん遺伝子」はシナプスを変化させる
Takusan: A large gene family that regulates synaptic activity
Shichun Tu et al,
Neuron 55, 5 Jul 2007


【要旨】
・著者らが「α―たくさん」と名づけた遺伝子ファミリーの解説である。

・NMDARのサブユニットであるNR2Aが欠損したマウスでは、このファミリーの発現が増加していた。

・46種類のα―たくさんバリアントのcDNAをクローニングしてみたところ、ほとんど全てが約130アミノ酸長で、DUF622ドメインを含んでいた。
DUF6622ドメインの機能は未だに不明である。

・一つの神経細胞は多種類のα―たくさんバリアントを発現していることもわかった。

・海馬の神経細胞でα1とα2を強制発現させてみたところ、どちらかがPSD-95と結合していることがわかった(ただし間接的かもしれない)。
これにより、PSD-95のクラスタリングや、スパインの密度、GluR1の撒く表面での存在量、AMPAR活動が変化した。

(以上)

ええ、突っ込みたいのは内容ではなくて名前だけなのですが。

「守護神」「武蔵」「あつがり」遺伝子etcはまだ序の口だったのですね。

何より、バリアントに「α」がつけられているのが一貫性がなくて日本人らしいです。

和洋折衷?

大和魂を主張するなら「イ―たくさん」「ロ―たくさん」「ハ―たくさん」etcでがんばってほしかった。

バリアントが46あるなら、47文字のイロハ歌はうってつけではないですか。
一文字分は謎かけとして残しておくとか。
仮名手本忠臣蔵みたいに。

【BOOKS】X線結晶学の教科書いろいろ

X線構造解析には関わっていませんが、論文の評価ができるようになるためにもX線の勉強もしておこうと思っています。

以下の本を読み比べてみた感想を記しておきます。

『X線結晶解析』桜井敏雄著 1967
『X線結晶解析の手引き』桜井敏雄著 裳華房 1983
『X線結晶構造解析』大橋裕二著 裳華房 2005
『X線解析入門』角戸正夫・笹田義夫著 東京化学同人1993
『生命系のためのX線解析入門』ブロウ著 化学同人 2004
『タンパク質のX線結晶解析』ドレント著 Springer 1998
『これならわかるX線結晶解析』安岡 則武著 化学同人2000

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【論文】音痴の人は空間処理能力も低い

音痴の人は空間処理能力にも問題アリ
Petr Janata
The highs and lows of being tone deaf
Nature Neuroscience 10, Jul 2007


Nature Neuroscience とNeuronに報告された成果をまとめたレビューです。

音痴の人は空間処理能力にも欠陥があるのではないか、ということを報告しています。

(脱線しますが、「音痴」も「痴呆」同様、差別用語として今後は排斥されそうな予感がします。「音痴」を使えないとなると、「音認知症」とか「音程認識障害」とかいう名前になるのでしょうか。こちらのほうがいかにも「病名」っぽくて問題があるようにも思いますが・・・)

たとえば、音の高低が下がったか上がったかを検知するのが苦手な人は、
立体図形を頭の中で回転させるテストも苦手である、というようなことを調べています。

さらに、この「図形の脳内回転テスト」を、音の高低認識テストと「同時に」やらせると、音痴ではない人は間違えまくるのに対し、音痴の人は正解率が高いらしいです。
音痴ではない人は、空間認知の部位を空間か音程かのどちらかにしか使えないからではないか、としています。

他にも興味深かったのは次の実験。

1) 被験者に2つの音を連続して聞かせる。

2) もし2つ目の音が最初の音よりも高ければ、高い位置にあるボタンを押す。もし低ければ低いほうのボタンを押す。

3) 今度は逆に、音が高くなれば低いボタンを、低くなれば高いボタンを押す。

4) 実験の結果、コントロール(音痴ではない人)は、2)の「高ければ高いボタン」テストのほうが反応が早かったのに対し、音痴の人は2)と3)のテストに反応時間差がなかった。


なかなか楽しそうな実験です。
結果はともかく、実験系の工夫自体がおもしろい。
いかにもnatureらしいというか。

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【記事】ダルフール紛争は気候変動が原因?

「ダルフール紛争の原因は気候変動が原因」とする国連報告に疑問
nature 447, p1038 (28 Jun 2007)

国連が、先月22日に「ダルフール紛争の一因は気候変動」とする報告をしたそうです。

このnatureの記事は、その国連報告に対する反論。

国連報告では、ダルフール紛争について次のように語っているようです;

・紛争の原因は、もともと平和に暮らしていた農民たちが、少ない資源を巡って争うようになったことだ。

・資源が少なくなったのは、気候変動のせいだ。
(the Darfur conflict began as an ecological crisis, arising at least in part from climate change)

この記事にもありますが、あまりにダルフールを単純化しすぎていると思います。
世界中で気候変動が起こってるのに、ダルフールで特異的に紛争があることが全く説明できません。


最近のダルフール紛争は、およそ次のような経過を経ています。

1)1956年に独立して以来、ムスリム系の独裁軍事政権が国を掌握

2)1962年、政府と非ムスリム系の南部民族との間で内戦勃発。
主因は遊牧民(アラブ系)と農民系(非アラブ系)による水と土地の争い。

3)2003年、政府と反政府集団の間で、石油資源の分配を決める和平合意がなされる。
しかしこの合意は公平でなかったとして、反政府集団(JemとSLM)が政府施設を攻撃。

4)政府は民兵であるジャンジャウィードを雇い、反政府集団を空爆

5)双方が民間人に対して虐殺・略奪などを繰り返す。近隣諸国にまで被害が及ぶ。

6)2004年の停戦合意後も双方に攻撃が続く。国連の介入も拒否。

7)2007年、政府が国連による軍の受け入れを承諾。
しかし、解決に必要とされる15000人には程遠い少人数である。


各国の姿勢もまちまちです。

コソボやソマリアに関しては「ジェノサイドだ」と認めたアメリカが、ダルフールに対してはジェノサイドを認めていません。
おそらくソマリアの二の舞になるのを恐れているのでしょう。

石油が欲しい中国は、ダルフール政府の最大援助国となり、各国から非難を浴びています。
(虐殺に使用されている兵器の大半は中国製で、空爆用の滑走路も中国が建設しているなど、両政府のつながりは深く、「北京オリンピックはジェノサイドオリンピックだ(兵器を売った資金が会場建設費に回っているから)」との非難が上がっています。6月号の『選択』に詳細あり)


なぜ国連が「ダルフール紛争は気候変動のせい」という発表をしたか?

この記事でも示唆されていますが、ジェノサイドを阻止できない国連が言い訳として使っているように見受けられます。

仮に気候変動が主因だとしても、「ダルフールを救うために気候変動を止めるんだ!」という話にはならないはずです。
つまりこれは「解決の放棄」に向かう原因分析。

イギリスなどは、ダルフールに5000人の兵を送る準備があるとさえ語っており、国際社会の姿勢さえ一致すればジェノサイドの阻止は不可能ではないと考えられます。
それができないのは、アメリカとか中国が牽制しているからと考えられるわけで。

しかも、2003年の紛争勃発原因を見ても、中国の姿勢を見ても、紛争の主因は「水と農地」というより『石油』なのではないかという気もしてきます。
それならば気候変動は大して関係がありません。

妙な便乗は避けて欲しいものです。


いつもは気候変動記事バンザイなnatureが、過剰な気候変動報告に対する反論を載せているので少し安心しました。



<英語のお勉強>
Shuzoさんのエントリーに、”spin”という単語には「データの解釈」という意味がある、というものがありました。

この用法は全く聞いたことがなかったので(辞書にも載っていません)、是非とも身につけたいと思っていたのですが、なかなか例文に会えませんでした。
(読む量が少ないんでしょうねorz)
で、今回の記事で始めて会えましたよ、spin。

“Like many experts, he questions the UN’s spin, which has played up the role of environmental degradation”

「彼は他の専門化同様、環境破壊の影響を過大評価した国連の解釈に疑問を投げかける」

なるほど、こうやって使うんですね。

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