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博士(ポスドク)の社会進出で国ができること

ちょっと出遅れ感があるものの。

息子(娘)の博士課程進学で親ができること
http://anond.hatelabo.jp/20090117074753
息子(娘)が博士課程に進むということは、極端にいえば、「xxという会社に将来性があると思うから、2000万円ぐらい投資します」といっているのと金銭的には同じようなものだ。要するに2000万円程度の成功率の低い投資行為なのだ。それが、親の財力と子供の数から考えて、高い投資か低い投資かは、家庭環境によるだろう。

もし、あなたに親として2000万円の投資に耐えられる財力がないのであれば、息子(娘)を説得して、博士課程進学を諦めさせてほしい。


至極現実的なアドバイスだと思います。

『院生たる者、寝る暇も惜しんでアルバイトでもして生計を立てればよい』という精神論は、投資に例えるなら
「企業家たる者、借入に頼らずにアルバイトで資本調達すればよい」と言うくらい滑稽です。

寝る暇を惜しむエネルギーがあるなら、資本調達でなく本業に集中すべきでしょう。

さらに、本業で資本調達できるようにするためには初期投資がどうしても必要。

成功したベンチャーだって最初の1~2年(場合によっては10年)は赤字だったものです。

通常、博士号を取得するためには国際ジャーナルへの掲載が必要で、要するにグローバルな競争市場で勝たなければなりません。

競合相手は、親の援助どころか国や企業から援助を受けている場合もあるでしょう。

自分の息子が「アルバイトをしながらエコ自動車を開発して世界市場に進出する!」なんて言い出したら普通は止めるはず。



そんなわけで、「親の理解が得られなかったから就職した」という選択は、国としては悲しいものですが個人としては妥当な線だと思います。

私の場合は状況が特殊で、

「博士の展望に悲観的なことを言い過ぎて後悔しています」(本当は進学して欲しかった)

という言葉を父から引き出してしまう有様でした。「生活費なら出せたのに」と。


なかなかマッチングがうまくいかないものですね。

私の親は「損をしてもいいから息子の研究生活に投資したい」と考えており、
しかし肝心の息子はその損が許せなかった。で、損得勘定が全ての投資銀行へ。

世の博士希望の学生は、損をする可能性に気づきつつも研究を続けたくて、
しかし彼らの親はその損が許せずに、子を兵糧攻め。


上記エントリーの関連ポストに、「学振は運だ」「いや実力だ」「教授ポストはもっと運だ」云々が議論されていますけど、

どの親の下に生まれるのか、という「運」に比べればその後の運なんて誤差の範囲に思えてきます。




ではいま振り返って、当時の選択を後悔しているかというと全くそんなことはありません。

過去数ヶ月、修士論文を書いてきて「やっぱり研究は面白いな」と思いつつ、同時に「でもやっぱりもっと広い世界に身を置きたいな」とも思ったものです。

同時に、この世界金融危機の下にあって尚、就職の状況は博士の方が不透明です。

確かにこの不況下でも博士・ポスドクの採用人数は激減はしていません。

でもそれは、もともとポストが少なすぎて激減の余地がないから。

先週発売された、『理系白書3:迫るアジア どうする日本の研究者』(毎日新聞科学環境部:2009)によると;

企業も博士採用に消極的で、2007年2月に日本経済団体連合会が公表した企業アンケート調査(回答71社)によると、技術系新卒採用者のうち博士の占める割合はわずか3%。博士に対して給与・処遇面で優遇措置をとっている企業は1/4、「博士の採用を増やしたい」と答えた企業も1割にとどまった。


2007年2月といえば、ゴールドマン・サックスが平均ボーナス7,000万円を社員に処遇した時期。

それほど羽振りが良い世界情勢であっても、博士の就職なんてこんなものです。

父は「悲観的なことを言ってごめん」と言っていましたが、
親に指摘されるまでもなく、この業界の構造くらい自分で調べられます。

親にはかじる脛(すね)があっても、この国にはかじる脛がほとんどないことは明白。

研究業は、生計が危うくなったときにお上に対して「パパ~たちゅけて~」と言える業界ではありません。

やっと最近、企業や文科省によるポスドク支援も増えてきたと思ったら議員がこんなことを言い出す始末↓

2009年度予算案の編成にあたっては、これらのポスドク支援策に対し、与党の一部から「自助努力で取り組むべき問題で、国が支援することはおかしい」との注文がついた。だが、将来のポストも用意せず、ある意味「無計画」にポスドクを増やしたのも国であることを忘れてはならない。(前掲著)


自助努力!

では最近、与党が提出した「銀行保有株買取の再開提案」は何なのかと言いたくなります。

今度は20兆円もの公的資金枠を用意して、銀行が保有する株式を政府が直接買い取るそうで。

失われた10年の反省から、2002年に政府が1兆5千億円をかけて銀行が保有する株式を買い取ってからわずか6年。

規制と「自助努力」により銀行の経営は改善されていくはずが、懲りずにまた株式持合いの割合を増やし、今回の危機で保有株が再度劣化。

また政府の買い取りを求める始末。

自助努力が失敗しても(怠っても)「パパたちゅけて~」と言えばお上が救済してくれるのですから楽なものです。

博士・ポスドクも、自助努力が失敗した時のため救済がもっと充実していてよいと思うのですけれども。


と言うと、「金融は国家の基幹であるから保護が必要だが、研究は違う」と返されるのが常。

それは認めるのですが、しかし銀行が貸し出している企業には、研究ありきのメーカーも多いわけです。

銀行が一時的に救済されても、貸し出す先のメーカーが劣化しては元も子もありません。

せめて、銀行の救済枠の1%(2,000億円)でも研究用に回せば、科研費が倍増するくらいのインパクトがあるのですが。
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