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経産省:「空気を浄化する車を発明したら2億円あげます」…成功報酬制度は証券化できないか

政府が成功報酬型の研究開発支援制度を今年から導入するようです。

日経NETより
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20090202AT3S1100L01022009.html

政府は成功報酬型の研究開発支援制度を2009年度に導入する。医療や地球温暖化対策など政策として欠かせない分野で具体的な研究開発課題を設定。目標を達成した研究者に対して総額で約2億5000万円の賞金を用意する。成功した場合にのみ報酬を支払うため効率的な支援ができる。研究者間の競争により、技術革新のスピードを速める効果も期待している。

 経済産業省は4月にも、有識者を交えた専門委員会を設け、具体的な研究開発テーマについて議論を始める。参加者の募集や審査、賞金の授与などの実務は独立行政法人の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が手掛ける。(02日 07:01)


たった2.5億円か、という批判がネット上で見受けられますが、導入段階での規模としてはそんなに大きくするわけにもいかないのは理解できます。

むしろ、私が疑問にを感じたのは、ネットには載っていない後半部分の記述でした。

以下、紙面に載っていた同記事の後半部分。強調は引用者。

 テーマは2つ設定する見通し。医療や地球温暖化対策などの分野で、実用化の緊急性が高い応用技術を対象とする。例えば「新型インフルエンザの検査キットの開発」「走行中に大気を浄化する自動車の開発」「白金の使用を3割削減した燃料電池の開発」などと具体的に示す。
 参加者には主に大学や企業の研究者を想定しており、課題を達成すれば約2億5,000万円を上限に、開発費の3分の2を賞金として授与する。2つのテーマに1件ずつ対象が出れば、賞金は総額の半分とする。
(後略)



「少ない開発費で発明した優秀な人ほど報われないんですね」とか
「2つも画期的な発明が現れるとむしろ報酬は減るんですね」とか

突っ込みたいのはそこではないのです。


「新型インフルエンザの検査キット」
「走行すれば大気が浄化される自動車」


って、そんなドラえもんの道具一歩手前みたいな開発をしたら、単純にその商品の売上げや特許だけで軽く2.5億円なんて稼げてしまうのでは?

そんな神がかった開発に対して、わずか2.5億円の報酬を上積みしたところで研究者のモチベーションが大きく変わるとは思えません。

むしろ、「競争相手が増えそうだから、この分野から手を引こうか」と思う人だって出てくる可能性があります。
特に大学の研究者なんて、一般に資金力では大幅に企業の後塵を拝していますし。



私としては、この成功報酬の仕組みはむしろ基礎研究に生かせないかと考えています。

以前、「研究のリスクを証券化できないか」というエントリーを書きました。
(→就職することにした理由

今や悪の権化みたいに思われている節のある証券化ですが、証券化自体はあくまでリスク分散のシステムであって、その逆ではありません。

基本的な考え方は株式会社と同様で、「うまくいったらたくさんの株主がちょっとずつ儲かる、代わりにうまくいかなかったらそれぞれの株主がちょっとずつ損をする」という仕組みです。

基礎研究は一般に利益を生みませんが、その「利益」を「政府からの報奨金」にすればよいのです。

お金が足りない研究者は、市場に対してこう呼びかけます。

「今回の研究には1億円が必要です。でも成功したら政府から2億円が貰えます。投資家の皆さんが1口1万円で投資して頂ければ、成功の暁には1口2万円にしてお返しします」

で、延べ1万人くらいが投資してくれればOK。

これの何が良いって、初期費用である1億円は政府が負う必要がないという点です。
政府は、「成功した基礎研究」のみにお金を払えばよいのですから、成功報酬を引き上げる余裕も出てくるでしょう。
そうなれば、リターンを求める投資家の意欲も喚起することが容易になります。

スキーム自体はビジネスと化してしまいますが、むしろ「ビジネスに結び付く研究」をする必要がなく、「研究自体がビジネス」なので、内容は柔軟になる可能性があります。

ビジネスとは言っても、リターンは研究者ではなくて投資家に償還されるため、自称「利益のためではなく人類の英知に貢献するため研究している」人も利用しやすい仕組みではないかと思います。

大きな貢献のために大きな資金が必要(でも儲けには関心なし)という場合もあるでしょう。

さらに、ビジネスとなる以上は外部からの監査が強くならざるをえないと考えられます。

研究費の無駄遣いや、杜撰な人材活用などは、従来と比べて公的に糾弾しやすくなるメリットがあります。税金と比べて利害関係者が明確だからです。

投資家に対して研究室の情報を提供する機関も出てくるでしょうから、そういった中で情報公開も進めば、学生も“就職活動としての研究室選び”が容易になることも期待できます。

逆にデメリットとしては、研究室がこれまで以上に企業と化してしまうと、院生への圧力がさらに高まってしまう可能性があるということでしょうか。

企業とは異なり、院生には雇用関係が存在しないため、こき使われるようになることは避けねばなりません。

研究が景気に左右されるようになってしまう、という点もデメリットかもしれませんが、それは税金であっても同様であり、むしろ税金と金融市場では後者の方が緩衝力が強いとも言えます。

何せ、過去半年で数京円が吹っ飛んでもなお数千兆円の残高を維持しているくらいですから、2億円や3億円なんて、単位としては微々たるものです。

(少額すぎて投資対象にならないのであれば、それこそ再証券化して、各投資家に合う商品を作ればよいのです。え、流動性がゼロ?難しいことはここでは割愛します・・・)

他にも多くの問題はあるでしょうが、研究資金の調達先として金融市場を利用するのも一考に値するのではないかと再考した次第。修士課程が2月2日を以て終了した記念に。
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