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就職することにした理由

久方ぶりの更新になります。


過去3ヶ月何をしていたかといいますと、

就職活動

をしていました。



はい、就職することにしたわけです。

半年前までは98%博士まで進む意気込みでしたが、
わずか半年で98%就職という状態に。

過去3ヶ月、書くことがなかったわけではなく、むしろ書きたいことがありすぎたのですが、私としては具体的な会社名を挙げて書きたかったので、責任回避の観点からSNSを利用していました。


以下に、就職することに決めた理由を書き留めておこうと思います。


1.ポジティブな理由

 1.2全人的に成長したい

 最初に「就職したい」と強く思ったのは、立て続けに魅力的な社会人とお会いした頃からでした。これが3ヶ月ほど前。

 その方々は、世界を俯瞰する視野を持ち、確固たるヴィジョンを持っていました。

話の構成や内容も論理的でした。

多忙の中、無償で一学生の私に対して何時間も時間を割いてくださいました。

過去に何度も苦難を乗り越えながら組織を動かしており、人を動かす力に優れていました。

そして私自身が「動かされた」一人になってしまったわけです。

社会でもまれないと、この力はつかない、そう思いました。

多くのトップクラスの人々に囲まれていないと、成長曲線は緩いままだ、とも思いました。

わずか数時間で、ラボで過ごす時間の何倍も「自分の成長」を感じられたからです。


実際、この見込みは間違っていなかったと思います。

会社さえ選べば、「トップクラスの人々に囲まれて、急激な成長曲線を描ける」という環境は夢ではないと感じました。

実際に、とある超一流企業のインターンに行って確信しました。

わずか1週間ながら、得たものは本当に大きかった。

ただ、誤算(?)だったのは、彼らのレベルがあまりに高く、私自身が彼らの要求水準に達していなかったこと。

これまでもっと自分を鍛えてこなかったことを悔やみましたね。

当然ですが、「他の学生と比べて」優秀でも何の意味もなく、「人間として」優秀でないと話にならないということを痛感しました。


そのインターンから帰った後は、さらに「就職しなければ」という意思を強くします。

研究室という空間は、会社とは別の次元で存在している、そう思わせました。


 1.2将来は研究室をバックアップするシステムを構築したい

この点については追々詳しく書きますが、ほんの少し外の世界を垣間見ただけで、研究界の問題はさらに鮮明になってしまいました。

・資金分配の手続きが不透明
・研究業績の評価システムの不在
・人材育成システムの欠如
・研究室経営の改善システムの欠如

どれも会社では論外です。

ただ、論外であるが故、内部の自浄システムが働くか、もしくは外部から監査やコンサルタントが入ることによって改善していきます。
そうでなければつぶれます。


研究室とは言っても、中規模以上のラボは中小企業並の資産規模があるのですから、中小企業診断士みたいな人が経営をアドバイスしても良さそうなものです。

しかしそのようなものは存在しない。

そもそも研究の評価自体が困難を極めるからです。

企業の場合、「売上」「コスト」など、数値化が極めて容易な要素を分析したら良いだけなので、評価はさほど難しくはありません。

しかしながら、研究自体の評価は現時点で数値化するシステムがありません。

(まさかIFを使うわけにもいかないし)

これにより、政府による杜撰な資金分配や、PIによる腐敗した経営を許してしまっていると考えられます。
なぜなら評価不能だから。
(その意味で、上記の「杜撰な」「腐敗した」という表現を使うべきではありません。評価できないのですから。しかし少なからぬ人がそう思っていることは事実)


よって、これらの問題の解決のため、研究の評価組織が必要と考えます。

S&P、ムーディーズ、R&Iのような組織の、研究バージョンです。

これにより、政府は評価の高いラボに対して資金を送りやすくなるでしょう。
評価の悪いラボに対しては、コンサルタントが入ることもできるでしょう。


ここまでの問題意識は、ボスと共有しました。

ただ、細かいところでボスとは意見が違います。

ボスは、以下のような方法を考えているようです。
「優秀な研究者を大量に集め、それぞれに対して額の大きな謝礼を払い、かつ匿名でその分野の研究の評価をしてもらう。それらの評価を総合する」

これにより、審査員一人ひとりの政治的バイアスは平均化され、
全体としては最も優秀なものが選ばれるだろう、というものです。
そしてこの評価組織は民間が複数つくり、互いに競争させる。
これで、評価組織が腐敗することも防げるし、評価の質も高くなる、としています。


対して私は、評価方法を極力定量化するべきだと考えています。
それこそ経済学のように。
IFは使い物にならなくとも、何らかの形で「数値」として出るような方法を確立したい。

なぜか。

一つは、評価の透明性が高くなるからです。

ボスのアイディアのように審査員に任せた形で匿名で評価させると、今度は評価組織側の政治的バイアスがかかりやすくなるように思います。
匿名であるが故、全研究者に対して特定の指向を持った評価をさせることも可能になるように思います。
複数の評価機関に競争をさせればいいと言いますが、もっとも政治力のある機関が寡占してしまったらどうするんでしょう?


もう一つは、客観的な評価は研究を投資市場とつなげる可能性があるのではないかと考えているからです。

研究のリスクの証券化

たとえば、ある研究者が、1000万円を使って何らかの研究をしたいとします。
そして企業に対し、「もしこの研究が成功したら、1200万円の資金をくれ。成功したらこの業績は御社の業績にして良い。失敗したらお金は要らないし、責任も御社にはない」と言うわけです。

そして最初、この1000万円は証券化して株式市場から資金を集めます。

たとえば1000人から1万円ずつ集める。

そして、この研究が成功すれば、1000人それぞれに1万2000円を渡す。
失敗すれば、各々が1万円の損をすることになります。

これにより、企業は失敗のリスクを負わなくて済みます。
成功した研究にだけお金を払えばいいのですから。

同時に、投資家も、ポートフォリオを組めばこの証券に投資をする可能性は十分にあります。リスクが減りますから。


そしてこのときに重要なのは、「成功」をどう定義するか。

通常の投資は、「利益が上がった」など、もともと数値化されていますが、
まさかこの研究投資は「研究者達が主観で選んだ」などとは言えません。
客観的な数値化が必要になります。


このシステムができれば、今とは違って小規模の研究もできるようになると思うのですよ。
それこそ、小規模の会社に投資するのと同じようなものですから。
現状の地方大学のように、コピー代さえもないという状況はかなり改善されるのではないでしょうか。


この私の案に対しボスは、「研究業績の数値化自体が不可能だ」と切り捨てます。
まぁ、その思ってしまうのもわかります。

しかし、科学なんて要するに自然の数値化の作業なんですから、自然の一部である人間の営みの数値化が不可能だなんて、そんなことはないと思うな。



とにかく、この部分は議論中です。

ボスには、「まず君がノーベル賞を取るなり何なりして権威を獲得すれば、評価機関も創りやすくなる」と言われました。

学振を超えて「まずノーベル賞」とうアドバイスが素晴らしい。
でも役に立たないス。すみません。

でもボスにはとても感謝しています。
「評価機関はいかにあるべきか」という話題で2時間も議論に付き合っていただけるのはとてもありがたいことと思います。

また、さすがに「評価機関に関しては、過去何年も考えてきて、提言もしてきた」と仰るだけあって、現時点では当然私の案よりもボスの案の方が現実性が高いことを認めねばなりません。


がしかし、いずれにしろ研究界にいたままではこの構想は実現しそうにないと判断しました。


 1.3早く経済的に自立したい

はい、本音です。

もっと具体的に言うと結婚とかね。やっぱ考えちゃいますよエェ。


大体、日本トップクラスの院生に対する給与が20万円って何なんですか。

同じ年齢のトップクラス会社員の給与は軽く倍以上ですがな。

私、何だかんだで月に26万円以上の収入が安定的にあるのですが、それでも今より生活水準を極端に落とそうと思えません。

月に5万円を超える本代などを何とかすればいいのかもしれませんが、知的投資の制限を強いられる『研究員』って、一体何なのか疑問です。

(ただ、現在志望している組織の一つは、もとは政府機関だったので、月給17万円というとんでもない数字をたたき出していました。バイトやんけ。日本の根幹を支える仕事なのに)

というわけで、仮に私が超優秀で、DC1を取れるという(とてもハイリスクな)前提をおいても尚、経済的には研究者は相当魅力が落ちます。



 2. ネガティブな理由

正直なところ、研究会をとりまくこの鬱屈した雰囲気からは逃げたい。

バイオが特に異常なのかもしれませんが。

ラボは決して暗くありませんが、それでも将来の話は実質的にタブー。
ブログ界における暗澹たる雰囲気は言わずもがな。
最近はメディアでも騒がれる始末(しかも「院生もっとしっかりしろよ」というトーンで)。


そりゃ研究は楽しいですけどね。

生活全体の充実感は、仕事単体では決まらないと思うんですよ。

同じ事務でも、明るい市場でやるのと暗い市場でやるのではだいぶ生活の満足感が異なるはず。

なので私は「仕事」だけでなく「仕事環境」も重要視したいんです。

病院でフランス料理を食べるよりは
ディズニーランドでおにぎりを食べたい派です。

(あ、研究界が病院だと言いたいわけではなく。確かに院は病んでますが)


過去20年間目指してきた科学者への道を絶つことに抵抗がなかったのかと言えばウソになります。

(過去20年は言いすぎかな。でも3歳の時点で既に父親から『ハーシェルの銀河』という言葉を刷り込ませられ、幼稚園の時には「将来は天文学者」と言っていたのは覚えているので、あながちウソではあるまい)

しかし、私が知りたいことはそもそも科学に限りません。

政治・歴史・経済・文化・宗教・・・

人間の営みの一環として科学を見るなら、むしろ科学界にいてはいけないとも思いました。



あと、「会社でも辛いことはたくさんあるよ。僕の同期でもうつ病で休んでる人を3人知ってるし」

なんて話を聞きますが、それがどうしたと。

私が知っているだけでも、うつ病or失踪で姿を見せない院生が5人いますが?

企業人から聞く「苦労」の多くは、
(1)将来の成長に必要な苦労か
(2)研究界にいても被る苦労 
のどちらかです。

それなら私は(1)を選びたい。

(2)にしたって、将来性と給料のバックアップのある環境で受けるストレスなら、いくぶんマシではないかと。



ある先生が、
「株とか証券とか、博打みたいなことに僕は興味がない。君はそんなことやりたいの?」

と仰いました。


興味がないのは構わないのですが、株よりも研究者の道を選ぶことの方がよっぽど博打な気がしてしまいます。

(そして、「投資は博打」という概念自体が時代の古さを感じさせます。大抵、就職を阻む先生方の言葉は、就職へのモチベーションを助長させるものでしかありません)





というわけでワタクシ、現在就職活動中です。

非常に充実しています。

既に50社以上の会社の説明を聞き、100人以上の社員と話をしましたが、
社会に出るのが(恐ろしくもありつつ)楽しみで仕方がありません。

あとは、第一志望に受かるかどうかということと、修論は大丈夫だろうかという不安が残るのみです。

場合によっては、上に挙げた「就職することにした理由」を全て満たす研究室が見つかるかもしれませんので、100%就職とはいきませんが、ほぼ100%就職です。

長くなったので続編はまた。
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コメント

研究者になるのに必要なこと?

世の中の仕組みを論理的に自分の頭で考えられているところが、すばらしいと思います。自分が博士課程に進んだときは(アメリカ留学でしたが)、何も考えずに、研究へのあこがれだけで突っ走っていた感じがあります。今に思えば向こう見ずだったと思いますが、研究の世界は、「ばかになって』つっぱしるというのが必要なのかもしれません。それは、だれにでも向いているライフスタイルではありません。仕事に就かれても、これまでのように研究の世界をどう改善していけば良いのか考え続けてくだされば、幸いです。就職頑張ってください。

>心理学者さん

激励ありがとうございます。大変励みになります。
多くの人の話を聞くうち、将来を考えて職んだかどうかは、職種ではなく世代によることがわかってきました。どんな職であっても、バブル以前に就職された方々は特にこれといった吟味をされていない傾向があるように思います。逆に、就職氷河期と呼ばれた時期に就職された方々に伺うと、非常に論理的な「選択理由」が返ってきます。それだけ悩まれたのでしょう。
就職しても、完全に科学と離れた仕事をしようとは思っていません。科学が社会の基礎である以上、どこかで社会との接点を増やせると信じています。
また諸意見をエントリーしようと思いますので、たまにでもコメントをいただければ幸いです。

どうすればいいのか?

現在、私は博士一年目で社会言語学について研究を進んでいます。修士から直接博士コースに進学したため、社会に出たことがなかったです。今の自分が狭い真空世界で生きている気がします。社会に出てみたいが、博士をやめることはもったいない、だから、すごく悩んでいます。。。

>社会言語博士1年目さん

コメントありがとうございます。私も悩みました。博士号を取得するつもりだったので。
私自身、まだ社会に出ていないので適切なコメントをする自信はありませんが、おそらく博士であっても土日まで拘束されているということはないと思いますので、そういった時間に外に出られてはいかがでしょうか?最初は「異分野の研究者同士が交流する会」のようなものに参加するだけでも、ずいぶんと世界が広がって見えると思います。私自身がそうでした。

おれはそんなHIROKI氏を応援するよ。

ありがとうございます。私も外資戦略は一つの選択肢ですので、後輩になるか競合になるかわかりませんが、お会いしたときにはよろしくお願い致します。

はじめまして

実は僕もHILOKIさんとおそらく同じ大学の修士1年です
同じようなバイオ系のラボに所属しながら同じように就職を考えるようになって最近は日々すごしています

色々自分なりに考えているつもりでしたがHILOKIさんのブログをみて自分の甘さを痛感してます。まだまだ勉強が足りないなと、、、
もし良かったら色々アドバイスしてもらえたらうれしいです

ではでは

こんにちは、お隣のラボのM1です。長くなってごめんなさい。

私も、就職活動をしています(ここで誰か分かるかも・・・)。
公的機関と民間を並行し、この忙しいときに実験も続けないといけない状況です。
HILOKIさんの仰る就職する理由、私と共通するものがいくつもあり、たまらず
コメントさせていただいた次第です。

私は、研究室の不透明性や閉鎖性(おっしゃるように評価基準や監査がないですよね、企業なら糾弾されてますよ)をはじめ、このバイオと言う分野が国家の主幹のプロジェクトになっているにもかかわらず、人材の需給バランスが崩壊しているのが明らかに問題であり、行政や教育の分野から変えたいと思っています。

またそういった現状を知らずにここまで進んでしまった
私の不勉強も当然ありますが、大学進学のさい、進路を考える判断材料というものが少なかったのも1つの問題だと感じます。バイオ分野のPD問題やこの分野の将来に目を向けた高校生はどれほどいたでしょうか?

進路だけに限らず、判断基準を十分に提供すること。
その基準を踏まえ、学生自らが道を選ぶために、現場が手助けを行うことは、もっと教育(中高大学大学院問わず)現場で重視されてもよいように感じます。
人生かかっているわけですし、一瞬の感情で決めるなんてナンセンスです。

私は、今政府機関を中心に回っています。
(理想論かもしれませんが)
科学と社会をつなぎ、研究をより開かれたものにしたい、そして物事をしっかり自分で判断できる人を育てたいという思いからです。

私も、小さい頃からの夢だった研究者を手放すことが悔しくないと云えば嘘になります。しかし、ここまで来て、ようやく自分の適性に気づきました。

お互いの就職活動がうまくいきますように。
それでは、また暇があればしゃべりましょう★

>cielさん

あらら、やっぱり僕が誰かわかってしまうものなんですかね(^_^;;)

お隣と仰いましても、うちはデカいのでお隣さんがたくさんいらっしゃるのです。
主にH研とS研ですが、どちらにも就活中の人はいますので。
と、いうわけで個人的にメールもらえると嬉しいです。

ほんと、この世界は情報が回りませんよね。
情報が回ると逆に人材不足になるからかもしれませんがw
我々はまだM1なので何とでもなると思いますよ。(そう信じたい)
お互い頑張りましょう。

バイオ系ですw
本文でおっしゃられている研究室の経営改革には興味があります。
研究資金の直接金融による資金調達法は、確かにと頷けます。
特に基礎研究分野の社会要請に応える意識や、競争力向上にはもってこいの方法なのかもしれませんねw

ではではw

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後から考えろよ

 子どもの学年末の文集は,過去に2度「将来,なりたいもの」欄は,スキー学校の先生だった。これには少し,驚いた。へー,スキー好きだったの?と思ったからだ。文集はもう,数年前のものだし,いまは違うことを考えているのだろう。ま,ある日,突然大きくなったり,その

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