東西の壁、海の壁
就職活動をしていて強く思うことの一つは、
非・関東圏にいることの不便さ
です。
多くの説明会・懇親会・試験・面接が東京で行われるため、東京近辺に住んでいない人は往復にかかる時間により非常に大きな機会費用の損失を被っています。
往復の時間があれば、他社の選考プロセスを受けることが可能だからです。
私の場合、東京往復にかかる時間は最低6時間。
これだけの時間があれば試験や面接を最低1つは受けられます。
複数のイベントが同日に重なったとき、「これが同じ場所なら、時間差でどちらも参加できたのに」と思うことは一度や二度ではありません。
今後、そう思うことはさらに増えるでしょう。
もっと会社を絞ればいいじゃん、という意見がありますが、
むしろ会社を絞るために会社のイベントに行く必要があるのです。
特に、説明会や懇親会といったイベントは会社の内情を知る良い機会ですが、こういったイベントほど日程に融通が利きません。
融通が利くのはせいぜい個人面接以降の話です。
よって、個人面接に進むまで会社を切る判断材料さえない、ということが多々あります。
業績などの客観的なデータなら調べられますが、社員の「人となり」はやはり会ってみないとわかりません。
やはりそこで働いている社員が自分に合うかどうかを知らずに入るのは危険だと考えています。
だったら最初から東京の大学に入って入ればよかったじゃないか、
という意見は尤もだと思います。
私も大学を選ぶとき、就職を考えなかったわけではありません。
しかし、私のように、高校時代の「やりたかったこと」が大学生活の中で変化することは十分にあるわけです。
私の場合、科学者を目指していましたから、その意味で現在の大学を選んだことには何の間違いもなかったと思います。
実際、これまで研究上の不便を感じたことは一度もありません。
もしくは、大学に入るまで将来の職を決めていなかった人だって多くいるわけです。
こういった人たちは、仮に有能であっても、著しい機械損失を免れません。
ただ、有能な人ほど幼少時代から確固たる将来の目標を持っている場合が多いことは確かです。
よって、企業戦略として、「大学時代に将来の目標が変わった有能な人物」というレアなケースにコストをかけるのは得策ではない、という論理はよくわかります。
よって企業に「もっと地方に目を」と言うつもりは全くないのですが。
そもそも、不利ならその業界を受けなければよい、という考え方もアリです。
一部のメーカーに関しては、東京よりもむしろ地方にいたほうが有利、とい状況は実際に存在します。
ならばそういう会社を受ければ「地の利」を享受できるのですから、そちらを選んだらよいと考えることもできます。
大体、東京の会社を受けるにしても、私は「日本にいる」という地の利(場合によっては「地の不利」)を受けているわけです。
ならば、ある程度最初から選択肢を切らざるを得ないのは仕方がありません。
その意味で、「いま、自分がどこにいるのかを考えよ」というアドバイスは、自分のスキルや性向といったコンセプトの話のみならず、物理的に「どこにいるか」も含まれるということに気付きました。
もう一点、これらのことを考えるうち、「今後、情報インフラはもっと発達する」とも感じました。
地理上の不便を感じるのは、そもそも「東京には職がある」という情報が中途半端に存在するからに他なりません。
存在を知れるようになっただけでも、情報化の功績は大きいのは確かです。
試験にしても、ウェブで受けられることが多くなったのも情報化のおかげでしょう。
しかし、まだまだ足りないと思うのです。
それこそ、3D電話などができて、本当に目の前で社員の人が喋っているようなリアルさで会話ができたなら、東西格差も縮小されるでしょう。
そしてそのように情報化が進んだ先にある最後の壁は、おそらく「言語の壁」と考えられます。
現在、世界中のサイトにアクセスできるにもかかわらず、日本人のほとんどは海外のサイトにアクセスしません。
外国語、特に英語ができないからです。
海外の人々ともっとリアルにコミュニケーションが取れるようになったところで、この壁はどうしようもありません。
昨日私が受けた面接も、3時間中1時間は面接官が外国人だったのでずっと英語で喋る必要がありました。
英語を練習する必要性を強く再認識しました。
普段、英語を読んだり聞いたりするのはある程度できてしまうため錯覚しがちなのですが、喋る能力は全く別です。
日本国内の東西の壁を嘆く暇があれば、海の壁を越える訓練をする方が得策だな、と感じた次第です。
非・関東圏にいることの不便さ
です。
多くの説明会・懇親会・試験・面接が東京で行われるため、東京近辺に住んでいない人は往復にかかる時間により非常に大きな機会費用の損失を被っています。
往復の時間があれば、他社の選考プロセスを受けることが可能だからです。
私の場合、東京往復にかかる時間は最低6時間。
これだけの時間があれば試験や面接を最低1つは受けられます。
複数のイベントが同日に重なったとき、「これが同じ場所なら、時間差でどちらも参加できたのに」と思うことは一度や二度ではありません。
今後、そう思うことはさらに増えるでしょう。
もっと会社を絞ればいいじゃん、という意見がありますが、
むしろ会社を絞るために会社のイベントに行く必要があるのです。
特に、説明会や懇親会といったイベントは会社の内情を知る良い機会ですが、こういったイベントほど日程に融通が利きません。
融通が利くのはせいぜい個人面接以降の話です。
よって、個人面接に進むまで会社を切る判断材料さえない、ということが多々あります。
業績などの客観的なデータなら調べられますが、社員の「人となり」はやはり会ってみないとわかりません。
やはりそこで働いている社員が自分に合うかどうかを知らずに入るのは危険だと考えています。
だったら最初から東京の大学に入って入ればよかったじゃないか、
という意見は尤もだと思います。
私も大学を選ぶとき、就職を考えなかったわけではありません。
しかし、私のように、高校時代の「やりたかったこと」が大学生活の中で変化することは十分にあるわけです。
私の場合、科学者を目指していましたから、その意味で現在の大学を選んだことには何の間違いもなかったと思います。
実際、これまで研究上の不便を感じたことは一度もありません。
もしくは、大学に入るまで将来の職を決めていなかった人だって多くいるわけです。
こういった人たちは、仮に有能であっても、著しい機械損失を免れません。
ただ、有能な人ほど幼少時代から確固たる将来の目標を持っている場合が多いことは確かです。
よって、企業戦略として、「大学時代に将来の目標が変わった有能な人物」というレアなケースにコストをかけるのは得策ではない、という論理はよくわかります。
よって企業に「もっと地方に目を」と言うつもりは全くないのですが。
そもそも、不利ならその業界を受けなければよい、という考え方もアリです。
一部のメーカーに関しては、東京よりもむしろ地方にいたほうが有利、とい状況は実際に存在します。
ならばそういう会社を受ければ「地の利」を享受できるのですから、そちらを選んだらよいと考えることもできます。
大体、東京の会社を受けるにしても、私は「日本にいる」という地の利(場合によっては「地の不利」)を受けているわけです。
ならば、ある程度最初から選択肢を切らざるを得ないのは仕方がありません。
その意味で、「いま、自分がどこにいるのかを考えよ」というアドバイスは、自分のスキルや性向といったコンセプトの話のみならず、物理的に「どこにいるか」も含まれるということに気付きました。
もう一点、これらのことを考えるうち、「今後、情報インフラはもっと発達する」とも感じました。
地理上の不便を感じるのは、そもそも「東京には職がある」という情報が中途半端に存在するからに他なりません。
存在を知れるようになっただけでも、情報化の功績は大きいのは確かです。
試験にしても、ウェブで受けられることが多くなったのも情報化のおかげでしょう。
しかし、まだまだ足りないと思うのです。
それこそ、3D電話などができて、本当に目の前で社員の人が喋っているようなリアルさで会話ができたなら、東西格差も縮小されるでしょう。
そしてそのように情報化が進んだ先にある最後の壁は、おそらく「言語の壁」と考えられます。
現在、世界中のサイトにアクセスできるにもかかわらず、日本人のほとんどは海外のサイトにアクセスしません。
外国語、特に英語ができないからです。
海外の人々ともっとリアルにコミュニケーションが取れるようになったところで、この壁はどうしようもありません。
昨日私が受けた面接も、3時間中1時間は面接官が外国人だったのでずっと英語で喋る必要がありました。
英語を練習する必要性を強く再認識しました。
普段、英語を読んだり聞いたりするのはある程度できてしまうため錯覚しがちなのですが、喋る能力は全く別です。
日本国内の東西の壁を嘆く暇があれば、海の壁を越える訓練をする方が得策だな、と感じた次第です。
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