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組織の力

投資銀行のインターンに行ってきました。

もう楽しかったの何のって。

いろんな価値観や世界観が書き換えられました。



「研修みたいなものかな?」と思ったら、全く違いました。

新入社員と同じような仕事を割り当てられます。

「わからないことがあったらその都度質問してね」という体制でした。

わからないことも何も、何もかもわかりません、という状態だったのですが。

その分、毎日が刺激に溢れていました。

これまでわからなかったことが次々に氷解していく快感。

それ以上の速度で増えてゆく疑問。

世界はこんなにも面白かったのか、と思わざるを得ませんでした。


大学のサークルでディベートをしていたこともあって世界情勢にはもともと興味が強かったのですが、「世界情勢が目の前で、リアルタイムで動いている」ことを感じる興奮は全く別物です。

将来は自分もその情勢を動かせる立場になるのか、なんてことを妄想するのもまた一興。


サラリーマンには夢がないなんて誰が言ったのか

いや、私が洗脳されていただけかも。

「サラリーマンみたいに、組織の歯車になって一生を終えるなんて絶対に嫌だ。俺はたとえ一人になっても、真理を解明してやる」

そんな意気込みの研究者が周りに多かったからかもしれません。


それは違う、と今なら言えます。

組織の歯車になることと、夢を追うことは別の問題です。

(そもそも現状で、研究者に『夢』が溢れているかという点でさえ疑問符がつきます)

組織の強大な力を使わないと実現できない夢はこの世にたくさんあります。

むしろ、一人でもできるようなことはほとんど達成されてしまったのではないでしょうか。

達成しようとすることが難しくなればなるほど、組織の力が必要とされます。

物理学、特に素粒子論に見られる、数百人もの著者が並ぶ論文を昔は同情の目で見ていました。

「この人たちは研究をやっていて楽しいんだろうか?1人の役割は全体のほんの一部でしかないのに」と。

今は違います。

これだけの人数を組織して、全員が一つの仕事のために勢力を尽くすことができたことに対してエールを送りたくなります。

「第一著者になれなかった」とふて腐れている人だけではなく、「研究者として、真実の解明に貢献することができた」ことを誇りにしている人もいると信じます。

これまでは軽蔑していた、「組織化された研究室」も、一つの形態としてアリだと思うようになりました。


なんて青いことを語っていたら、こんな反論が。

「でも会社って、仕事を頑張って組織全体の業績があがれば自分の給料も上がるっていうモチベーションがあるでしょ?研究者の場合、研究室全体で成果が上がっても自分が第一著者になれなかったらほとんど意味ないじゃん。モチベーションが生まれないよ」

それは一理あって、研究者の場合には早い段階で「第一著者」(会社で言う“プロジェクトリーダー”クラス)になる必要があるため、それに資することのない仕事にはやる気が起きないもわかります。

であるならば、ある1つの研究に対して、「第一著者の称号が欲しい人」は2人くらいにとどめておいて、他の人は論文を出す必要がない人々(テクニシャンや就職希望の修士課程生等)で組織すればよいと思います。

そうすれば、1人ずつが単独で行動した場合よりも2倍以上効率は良くなるはずで。

そうすれば2人とも第一著者になれる確率が高まります。

「でも、特定の仕事しかしないなんてつまらなそう」

それはマネジメントの問題と考えられます。対応としては
1)特定の仕事だけやっていればいいという人を採用する
2)特定の仕事であっても工夫次第で汎用的な能力がつくことを示す
3)一定期間ごとに仕事内容を変える
など、方法は多様です。

従業員(研究者)のモチベーションの高低は、組織化されているかどうかではなく、マネジメントの良し悪しに関わってくるものです。

単独だからモチベーションが高まるというわけでもありませんし。


「けれども、研究室は企業と違って命令系統を明確化できないから、そんなにうまくいかないんじゃないか」

これはその通りだと思います。

企業は(少なくともうちの会社は)命令系統が極めて明確であるため、意思決定も早い上に、余計な混乱が起こりません。

大学は、そもそも大学院生は教授の命令に従う義務があるのかどうかという点でさえ非常に曖昧な状態にあります。

そもそも院生は大学にお金を払う立場。

そして教授は大学からお金をもらっている立場。

しかしその研究費は教授自身の力で獲得したものであり、院生はその研究費を使用している。

・・・何とも複雑です。

これでは(真っ当な神経を持った)教授なら、研究室を組織化して院生を命令系統の下に置くのを躊躇っても仕方ないでしょう。

逆に、現状でも研究室を組織化できるのはこの構図に鈍感なPIだけだからこそ、院生を不当にこき使うことも厭わないのかもしれません。

そのおかげでますます悪化する「組織化」のイメージ。

それは「組織」という形態が悪いのではなくて経営者がダメなだけだ、と言いたい気分です。



そんな感想を持つくらい、インターン先の会社は組織が上手く回っていました。

仕事が速い速い。

イメージとしては、毎週1本の卒論(分析報告書)が書けるほどです。

しかし入社後に求められるのはさらに桁違いの速度らしく、今の私にはそれがどのような世界なのか想像もつきません。

「研究5カ年計画」などという安穏とした雰囲気は二度と堪能することはないのでしょう。

5年先なんて、会社の存続自体が誰も予測できない時代なのに。
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