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卒業/大学で何をすべきだったか

昨日、大学を卒業しました。
来週からやっと院生になります。

名実ともに研究生。
生活はこれまでと変わりませんが。


良い機会なので、部屋の中の本の整理をしていました。

毎日1冊以上のペースで本が増えていくので
定期的に処分するか実家に送らないと生活のための空間が侵食されます。

整理する中で、「大学で何をすべきか」というテーマの本が大量に出てきました。
高校~大学1年くらいの時に買い込んだものです。



各人が、それぞれの経験を基に好き放題アドバイスしています。
マーカーを引いてある箇所で、当時の自分が何を思ったのか推測できるのも楽しいものです。

「自分探しの前に他人探しをしろ」

「学問のおもしろさがわかればそれだけで十分」

「何も学ぶものなどない」

「英語とコンピュータ、この二つをマスターすることは必須」

「読書は大学生の仕事。特に古典を読め」

「『するべき』何か、ではなくて『したい』何かを見つけよ」

「”能動的に遊ぶ”能力のない人にとって、”レジャーランド”は地獄ですよ」


時代を追うごとにアドバイスがだんだんゆるくなっていくのもおもしろい。

1980年ごろの本には「目標に向かって努力せよ」系が多いのに対し
1990年代後半では「目標がある人なんて例外。寄り道しながら進め」系のアドバイスが増えてきます。

バブル崩壊前後、と見るべきか。


私だったら、後輩には

「自分は大学生活でこれをやった」と言える何かを作るといいですよ、

と言おうと思っています。
私自身、曲がりなりにも「これをやった」と言えることがあり、
それによって大学生活が非常に楽しく、充実していました。

加えて、「これをやった」と言えても
「これをマスターした」とまではとても言えないレベルなので、
「もっとやればよかった」という思いが残るのも確かです。


私は、非常に多くの人が「英語を勉強しておくべき」と
書いていたので、「これをやった」と言えるものとして
英語でのディベート・ディスカッション・スピーチを選びました。
しかし、今思い返せばその「何か」の選び方からして
かなり受動的だったな、という反省もあります。

研究テーマの決定権は各人あるという研究室に飛び込んで、
今後どういう研究をしていくかを自分で考えていくうち、
「能動的に自分の将来のレールを決める」ことの難しさと楽しさを
やっと最近気づき始めた段階にいます。


研究室のボスには
「大学院でも研究を楽しんでくださいね」
と言われました。

「頑張ってください」でなく「楽しんでください」と言われる
この恵まれた環境を可能な限り生かしたいと思います。

大学院も楽しく、充実したものになるように。
今度は「論文」という形で「私はこれをやった」と言えるように
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