スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

手話は表情でも文法が決まる

手話には手の動きだけではなくて表情も重要であるということはそれなりによく知られている。

けれども、『遺伝子・脳・言語』(堀田凱樹、酒井邦嘉著;中公新書 2007)という本を読んで、「手話には表情 “も”重要」などというレベルではなく、文法レベルで「手話の一部」ということがわかった。

たとえば、
「佐藤が来ます。田中が来ます。」という並列文と、
「佐藤が来れば、田中が来ます。」という条件文。

この二つは、手の動きが同じで、顎の動きで区別されるのだという。

これは、「表情でニュアンスが変わる」という問題ではない。
根本的に文法が異なる。

もはや ”手”話 という言葉は不適に思えてきた。

体話?



他に、手話関係でおもしろいと思ったことが何点か。


・ATMの手話画面は、ほとんど役に立たないとか。
そりゃそうだ、イラストの画面でそんな表情は作れない。
そもそもATM画面には文字があるのでそれで十分に思う。

・日本にろう学校は106校あるが、そのほとんどで手話が教育されていない。
戦時中の、文部省による手話廃絶の動きが未だに尾を引いているようだ。

・今では、乳児の聴覚も検査できる。
音を聞かせて、脳幹の反応を見る(ABR)のだとか。

・耳の聞こえない赤ちゃんは、視覚で周囲の状況を知ろうとするため、よく顔を左右に動かすらしい。
ならABRは要らないかも、というツッコミがされていた。

日本手話では、「自分」と「あなた」を区別しないことがあるという。
(関西弁で、「自分」が「あなた」を意味することがあるのと同様??)

FOXP2に異常がある人は自分と他人の境界を意識できず、
かつFOXP2以上は言語障害をもたらすので、何か関係があるかも、と一瞬考えたが、
しかし日本手話は「言語能力が完全」な人々が使うもの。
事情が逆なので関係なさそうである。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。