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アカハラの事例3つ:セクハラ対策委員のセクハラ行為、他

vikingさんのエントリーでアカハラ事件簿が載せられておりますが、
アカハラに関してはひどい話がいくらでもあり、
私もその一端を載せたくなりました。

本当はうちの大学での話を書きたかったりするのですが
まだラボ内の人から直接状況を伺ったわけではないので控えます。
とりあえず出版されているものから3例ほど。

まずは『不肖・ハクラク進路ナビ』より。

「セクハラ相談所なんて役に立たない」とはよく聞く話ですが、
これは「セクハラ委員がセクハラしていた」という笑えない事例。
「セクハラ対策委員」ではなく「セクハラ実行委員」になっておる。

以下、太線は引用者によるものです。

コラム『アカハラの嵐のなかで(読者からの投稿)』

『現在のボス(国立大学の教授)はここ何年も、論文を出していないし、
研究助成費を一回も獲得していません。
研究室は私があちこちから獲得している研究費でやりくりし、
研究指導も私が中心に進めています。
それだけなら我慢の範囲内ですが、教授のヒステリーと
ストーカー行為
から学生を守るのが大変です。

教授は、気に入った学生だと、しつこく食事に誘う、
自宅まで無理に送る、パソコンの中身を見る、何時間も雑談の相手をさせる。
それで、女子学生が一人、鬱病になって退学し
男子学生も一人、不登校になりました。

一貫性のない指導、突然の激昂、数時間にわたる人格攻撃
学生の悪口を言っては周囲に同意を求め、
助手がいじめたから学生が退学したと言いふらすなど、邪魔ばかりです。
(中略)
現在も教授の迷惑行為は続いています。
研究室の学生には、教授は病気だと伝えています。
ちなみに、その教授は大学のセクハラ委員だったので
大学の人事管理は全く機能していないと思った次第です。』



続いて、『失敗しない大学院進学ガイド』より2例。

『Aさんは大学院に入ってすぐ、教授から
「はじめは先輩の実験の手伝いをしなさい」と言った。
そこで、Aさんは先輩の手伝いをしたりしたが、
隣の教授が率いるもっと大きい研究グループにいる同級生たちが、
すでに各自テーマを持って研究している様子を見ながら、
早く研究がしないなぁ、と思っていた。

数ヵ月後、Aさんは教授に対して、遠慮がちに、
そろそろ研究テーマを与えて欲しいのですが・・・と切り出した。
すると教授は気分を害されたといわんばかりに、突然大きな声で
「修士課程はデータだけ出していればいい」
「データを出して使える奴とわからなければ、研究テーマは与えないよ」
と言った。

Aさんは思いもかけない言葉に大きなショックを受けたが、
その場は「はい」と言って退いた。
(中略)
このほかにも、教授はちょっとしたことで激高することがたびたびあり、
周りもそれを怖がっていることがわかってきた。

先輩たちは、はじめは「新入りは大変だよな」と同情してくれたが、
Aさんへの度重なる怒号を聞いているうちに、
「頼む、大人しくしていてくれ、あの先生を怒らせないでくれ」
などと言うようになり、ときには教授の理不尽なふるまいに同調するようになった。
Aさんは次第に孤立し、毎日無力感に襲われ、憂鬱になりながら研究室に通った。
(中略)
博士課程に進むことは全く考えていなかったので、教授に相談せず、
独自に企業の就職試験を受けた。
そして無事内定をもらった。
教授にそれを報告しに行くと、教授は烈火のごとく怒り出した。
「博士課程に進学しないなら、修士を卒業させないからな。
きみは留年だ。研究テーマも与えない」
と言い出した。
(中略)
しかし、教授は聞く耳を持たなかった。
「留年しているやつなんていっぱいいるじゃないか、
もう一度学費を稼げばいいだろう」
と言い、
さらにAさんがそれは理不尽であると食い下がると、
「君の話し方は論理的じゃない、まぁ必死に説明して
この僕の気が変わるように話をしてみてよ」
とからかうように言った。
これを聞いてAさんは言葉を失い、深く傷ついた。」

「Bさんは修士課程に入ってから、自分のペースで研究を順調に進めていた。
良い研究環境で充実した研究ができ、大学院に進学してよかったな、
と心から思っていた。
(中略)
店を出るとき、指導教員は酔っていたせいもあるのか、
Bさんをホテルに誘った。
Bさんは断り、逃げるようにして一人帰った。
信頼していた指導教員の突然の豹変ぶりにショックを受け、
傷つき、憤りを感じ、すぐに学内の学生相談室に相談した。
相談員は「ひどいですね、なんとかします」といったものの、
その後の対処は特に具体的には聞かされず、連絡もなかった。
そうこうしているうちに夏休みが開けた。

9月の最初のゼミで、ひさしぶりに指導教員と顔をあわせた。
すると、指導教員の態度は以前とは全く異なっていた。
まず、ゼミの場で、Bさんにだけ多くの質問をするようになった。
それに答えられないと、
「そんなのも知らないのか」
「そんなんでよく大学にこられるな」

などと、多くのゼミ生の前で叱咤し、Bさんはとても傷ついた。
そのようなことが毎回続いた。

また、指導教員は
「女の子はだいたい勉強もろくにしないで、修論の間際になって泣きついてくる。
そういう奴は全部落とすことにしている」

というようなことも言った。
同級生や先輩は、裏では同情的だったが、
表に立って積極的にBさんをかばったり、
味方になってくれたりする人はいなかった。

Bさんは、自分がどんな修士論文を書いても、何かの理由をつけて
落とされるのではないかという恐怖を感じるようになった。
そこで、再び学部内の学生相談室に行ったが、
「まだ落とされると決まったわけではないし、
ちゃんと勉強をしていれば大丈夫じゃないですか」
と判断され、
何も対処されなかった。
Bさんは精神のバランスを崩し、このころから抗うつ剤を服用し始めた。

修士課程2年になり、本格的な修論の指導が始まった。
同級生は週1回ほどのペースで指導を受けていた。
しかし、教授はBさんに会うとなぜか「忙しい」を連発し、
会おうとしなかった。
Bさんは指導を受けられない状態が続いた。

秋になって初めて指導を受けたが、教授は一読して
「こんな研究は橋にも棒にもかからないね」とBさんの論文を全否定した。
そして、テーマの変更と全文の書き直しを命じた。

Bさんは頭が真っ白になった。
教授は同じテーマを1年前は「面白い」と言っていたのに、評価がいつの間にか180度変わってしまったようなのだ。
しかし、全文を書き直そうにも、この時点で修士論文の中間発表まで残り一ヶ月という状態だった。
Bさんは必死に修正したが、中間発表では整合性のある結果が出せなかった。
それをみて指導教員は「あなたの能力がそれだけということですね」と言い放った。
Bさんは健康状態を悪化させ、大学に行けなくなった。

Bさんは、何とか提出に間に合わせたいと思い、メールで指導の申し込みをした。
しかし、指導教員からの回答は、
あなたに指導しても能力がないから意味がない、
どうしても提出したいならご自由にどうぞ
、というそっけないものだった。
Bさんは食べ物が喉を通らず、体重が7キロ落ちた。」



などなど。

まぁ人格に問題がある人間はどこにでもいますけれども、
それよりも対策委員が機能していないのが気になります。
対策委員は「まっとうな」人間が構築するシステムであるはずで、
それが機能していないのは問題かと。

私も、アカハラではありませんが、
「相談所は役に立たない」と思ったことはあります。

海外にいるときに日本の友人が自殺したいと言ってきて、
相談所に「連絡してみて欲しい」とメールしたのに、音沙汰なし。
結局、返事が来たのが3日後。
メールボックスを見てなかったそうで。
・・・使えない。

他の友人がストーカー行為をされていた時、
対策を相談しようと思って電話したら、
「それは警察に届けたほうがいいですね」との返事。
・・・使えない。

「対策委員会」の対策が必要である。
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