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【雑誌】TIMEの「脳」特集-意識とは何か-(1)

今週のTIMEの特集は『脳と意識』。
(TIME Feb 12, 2007)
普段は立ち読みするだけのTIMEだが、今回はつい買ってしまった。

普段から専門書を読んでいても、こういった一般紙の記事を読む意義はある。

一つは、専門外の人にわかりやすく説明する能力が身につくこと。
専門のことを専門外の人に説明するためには、何かに「たとえる」技術と「言葉を選ぶ」技術が必要になる。
この技術は専門書だけ読んでいたのでは身につかない。

もう一つは、実際に専門の勉強にもなることがあること。
こういった一般紙に載る情報は最新情報から約2年遅れるのだが、
情報の雪崩に埋もれている専門家は、少し専門から外れるだけで5~10年前の情報しか知らない、という事態が容易に起こる。
脳科学と一口に言ってもあまりにも広すぎて、常に全貌の最新情報を追うなど不可能だからだ。
2年前の情報でも、概観を掴むには十分だったりする。


期待を裏切らず、この記事も楽しめた。何がすごいって、

広範囲の読者の興味やレベルにあわせて文章が作られていること。

まずは最大公約数の興味を集めるために「ストレスに対応するための脳科学」「希望の力と脳科学」という記事で保険を掛けておく。

その上で、文学好きのためにシェークスピアの言葉を使ったり、
哲学好きのためにウィトゲンシュタインの言葉を使ったり、
SF好きのためにスタートレック[1]を引き合いに出したり、
とにかくサービス精神満点である。

しかもさりげない。
The ghost in the machineというフレーズ[2]も、注釈なしで出てくることによって、知っている人も知らない人も楽しめるようになっている。


研究者でありながら、かつこんな文章が書けるようになれれば最高だと思う。


このような「科学のレベルをほとんど落とさずに読者を楽しませる記事を載せる」のはTIME(アメリカ発)だけでなく、The Economist(イギリス発)なども同様。

2ヶ月前のThe Economist(Dec 23rd 2006-)にも長大な脳の特集があった[3]。科学ではなく一般紙にこれだけ気合の入った脳科学の特集が載るのは日本では考えにくい。


日本にも優秀な科学者が多くいるのに(人数比・一人当たり研究費も欧米に劣らない[4])一般の人の科学に対する関心と知識が薄いのは、こういった理系と文系の橋渡し役が少ないのも一因だと思う。

アメリカでは政治の世界でも、政治家にサイエンスの情勢と意義をわかりやすく説明する職が存在する。
日本にはない。
政治家・国民の双方に対して、「彼らの言葉で」サイエンスを語れる人がいないと理解を得られない。

あながちメディアのせいではなく、研究者自身がサイエンスライターやサイエンスの翻訳者を低く見ているのも一因であろう。
研究者の頭の中では 研究者>サイエンスライター・翻訳者 である。
なぜならライターは情報を生産しないから。

確かに新規の情報は生産しないかもしれないが、彼らは情報の輸送役である。
チョコレート工場の社員が、「運送屋はチョコレートを生産しない」という理由でチョコを運んでくれる運送業者を軽蔑するようなものだ。
最初から役割が違うのだから比較しても意味がない。
むしろ自分たちの首を絞めるだけだと思う。



あ、話がずれた。
記事の内容については次のエントリーで。


補足
[1]スタートレック
アメリカで大人気だったSF冒険ドラマ。
日本におけるガンダムのような位置を占める。
スタートレックのオタクはトレッキーと呼ばれる。
私はトレッキーではないものの、スタートレックは好き。データ最高。
シリーズ中ではやはりThe Next Generationが一番。

[2]The ghost in the machine
ハンガリーの哲学者、アーサー・ケストラーの著 “The Ghost in the Machine”(1967)。
この題名は、ギルバート・ライルがデカルトの心身二元論を「機械の中の幽霊のドグマ(the dogma of Ghost in the Machine)」と皮肉ったことに由来。
この著作は、後世の作品である『脳の中の幽霊 The Ghost in the Brain』や『攻殻機動隊The Ghost in the Shell』の題名の由来である。


[3]The Economist:ロンドンで発行される経済紙。
経済紙といっても、半分は政治情勢について書かれている。
科学技術のコーナーもかなりタイムリーで高度。
1991年に「世界の人に読んでもらうために簡単な英語を使おう」という方針転換をした後に爆発的に売り上げが上昇、当時の約2倍(113万部/週)になる。
社会問題については民主党、経済については共和党の立場を取る。

本文で触れた脳の特集も、かなり高度な解説がなされている。
扁桃体がどうのといった解剖学的解説から、プラトンがどうのといった哲学的解説まで幅広い。計10ページ、12000語に及ぶ。
もちろん、読者を疲れさせないためにジェームズ・ボンドを引き合いにだしたりするサービスも忘れない。

ちなみに、日付変更線が近いため、日本の方が本国ロンドンよりも8時間早く本誌を読める。

[4]このあたりの事情は、佐藤文隆著『科学と幸福』に詳しい。
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