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テストステロンが多い日はデイトレードに勝てる

テストステロンが多い日はデイトレードがうまく行くらしい。
(The Economist 17 Apr 2008)

記事の題名が「金融内分泌学 financial endocrinology」。

しかも元論文がPNAS。

nature に続き、PNASもネタのような論文を出すようになって来ました。

要点は以下の通り。

・ケンブリッジ大学のJohn Coates博士 とJoe Herbert博士は、デイトレードとホルモンの関係を調べるため、17人のトレーダーをボランティアで集めた。

・計測したのはテストステロンとコルチゾール。

・予測としては、平均より儲けた日には興奮してテストステロンが増え、損した日にはストレスによりコルチゾールが増える、はずだった。

・しかし結果は予想とは異なり、テストステロンは儲けた日の朝に高くなった。先行したのである。
・さらに、コルチゾールは損失ではなく不確定性に反応して高くなった。

・つまり、朝にテストステロンを計ればその日のトレードがうまく行くかどうかが予測でき、さらにトレーダーに向いているのは損をしてもストレスに思わない人、ということになる。



これは面白い。

テストステロンといったら男性ホルモンの一種。

やはりデイトレードは男性の方が向いているのでしょうか。

今後、儲けるためにテストステロンを注射する『ドーピング』が流行るかもしれません。

トレーダーの就職試験も、ゲームをやらせながらホルモン計測をするとかねw


追記:使える英語表現を発見。上記の記事の中で、「どちらの予測も適切ではなかった」という意味で、neither prediction was quite on the money という表現が使われています。moneyにかけてるんですね。さすが。

自閉症増加の原因は診断基準の変更のせいかもしれない

今週のThe Economist (Apr 11, 2008)より。

自閉症スペクトラムが増えている主因は、もしかしたら単に自閉症の診断基準が変わったからだけかもしれない、という話。

自閉症が増えている原因については以前にも取り上げたことがありました。
1年程前には、「ワクチンに含まれる物質が原因だ」とするアメリカの圧力団体の話もエントリーしています。

ワクチン原因説はかなり有名らしく、このThe Economistの記事もワクチン説を否定するところから始まっています。

・ワクチンにより自閉症になることはない。

・しかし実際に自閉症は増えている。イギリスの場合、1990年には10万人中50人しかいなかったのが、今では400人いる。

・しかし今月のDevelopmental Medicine & Child Neurologyの報告によると、増加の原因は単に「現在なら自閉症と診断される子が、昔は健康と診断されただけ」としている。

・著者らは、38人のボランティアの大人を集めた。彼らは、過去に「自閉症ではなく言語障害」と診断された人々である。

・その結果、現代の基準では8人が完全な自閉症、4人が自閉症スペクトラムの一部と診断されることが判明した。実に3分の1である。

・親にもインタビューし、ボランティア要員の症状は子供の頃から存在していたことも確かめた。



私の場合、近年の急激な自閉症の増加原因として、「以前は“親が”子供を自閉症と認識していないか、もしくは認識していても社会に出さなかっただけ」と思っていました。

なかなか医者には行きにくいですからね。

がしかし、医者の側でも(一種の)誤診があったとは。
(基準が変わっただけなので、医者の責任というより統計の報道に問題があったというべきなのでしょう)

ただ、桁が変わるほどのインパクトがあるのでしょうか?

日本の例で見てみましょう。
(自閉症はICD-10という国際基準の下で診断されていますので、記事の内容を適用可能と考えられます)

日本の自閉症の増加率はイギリスほど大きくなく、現在は10万人中150人程度です。
(昔は10万人中20人程度で、これはイギリスと大差なし)
(c.f. Honda H et al, Cumulative incidence of childhood autism, Developmental Medicine & Child Neurology, 47 (1): 10-8, 2005.)

さて、日本の場合、聴覚・言語障害者の割合は10万人中340人程度(厚労省資料)。

このうち、仮に3分の1が自閉症だったと仮定すると・・・・110人程度の増加。


おや。ぴったりではないですか。


さすがにこの資料の「聴覚・言語障害者」が本記事のlanguage disorderと適合するとは思えませんので、やはりあくまで診断基準の変更は「一因」でしかないとは思います。
一方で、「主因」である可能性は高いかもしれません。

「事業化には研究者の広い視野が必要」?

4月7日号の『日経ビジネス』より。

田中耕一さんのインタビューが載っています。
要点を一部抜粋。

・私は二度失敗をした。一度は研究過程で。この失敗はノーベル賞につながった。
しかしこの発見の価値を会社も私も理解しておらず、実用化は他社の方が早かった。これが二度目の失敗。

・発見を事業化するためには3つの壁を越える必要がある。
1)その発見の価値を本人が気づくこと
2)その発見の価値を他人が認識してくれること
3)事業化のための資金収集
アメリカにはこれらのステップがシステム化されている。

・特定の分野を掘り下げるだけではなく、自分の研究を俯瞰し、異分野と融合させる必要がある。

・インターネットが普及するほど、対面コミュニケーションが重要になる。
アメリカのようにエンジェル投資家を増やすためには、「この人なら信用できる」という関係を研究者と投資家の間に作る必要がある。

・ゆとり世代を切り捨てようとする議論があるが、そんな威張ったことが言えるほど今の世代は立派な成果を出してきたのか疑問だ。
若い世代はもっと外に出て、研究一本ではなく複合的に評価されるべきだ。

(以上)

田中さんも、「研究者」から「事業者」に支点が移ってきたと思わせました。

昔の著作では、どうやって良い研究者になるかが説かれていて、事業家だの投資家だのという言葉はほぼ皆無でしたから。

それだけ、質量分析の事業化を他社に先行されたのを悔やまれたのかもしれません。



「研究者は視野が狭い。もっと広い視野を持って分野融合を」とは頻繁に聞かれる言葉ですが、思うに視野が広い人は研究の道を外れてしまう傾向が強いだけではないでしょうか?

だとすれば、掛け声は「研究者よ、もっと広い視野を持て」ではなく、「広い視野を持った人よ、研究に戻れ」になるのでは。


過去1週間で、生物系の修士/博士課程→金融業というキャリアを選んだ人を2人も出会いました。

しかも2人とも、「将来は研究者をサポートしたい」という目標を持っていました。

そこで思ったことが2つ。

・広い視野を持った研究志望者は、研究自体よりも研究のためのシステム作りに魅力を感じる傾向が強いのではないか?

・「迷ったら、他の人が選ばない道を行け」とよく言われるけれども(本誌のアステラス製薬会長のインタビューにもありました)実は私の選んだ道もごくありふれたものなのかもしれない。

サンプル数が少なすぎて統計的にはあまり意味を持ちませんが、人の考えることって大差ないんだな、と思わせるのには十分な経験でした。

意外に、将来は理系出身のファンドが増えて、研究はしやすくなっていくのかもしれません。

エセ科学、英単語帳にも進出

最近になって、英語の練習を再開しています。

これまでも英語には日常的に触れていましたが、「触れている」程度では上達が遅くて話になりません。
あと1年程で、海外研修を有益なものにできる程度の英語力をつける必要があります。

研究界では、「英語力が低くても、データが良ければ認めてもらえる」と仰る大家を何人も見てきました。

日本経済でも、「英語力が低くても、製品が良ければ認めてもらえる」という状態が長く続いてきました。

褒章をもらえるほどのデータや、世界を変えるほどの製品ならともかく、そうではないモノしか生み出せない一般大衆には、やはり英語は重要と考えます。

製造業ならともかく、サービス業となると世界に通用する日系企業が存在しないのも、英語力が大きな要因でしょう。

先日はベンチャーキャピタルの人に話を聞く機会があったのですが、曰く
・ベンチャーの多くはIT系と環境系である。
・上場後の株価上昇インパクトは、日本で約10倍、アメリカで約100倍である。
・この差は、同じITベンチャーでも、たとえばmixiは日本しか相手にできないのに対し、facebookは全世界を相手にできることから来ている。かかるコストが同じで、マーケットが10倍となれば、株価上昇率に10倍の差が出てもおかしくはない。

とのことでした。
確かに、サービスは特に言語操作能力が必要となるので、日本から世界に冠たるサービス業を生み出すのは難しそうです。


さて、以上はイントロ。

今日、本屋の英語勉強本コーナーで物色しているうち、妙な記事を見つけてしまいました。

Z会が出している、『速読・速聴 英単語 Advanced1000 Ver.3』。

最近改定されたようです。

このシリーズ、よく出来ていて、私も高校時代に愛用していました。

政治・経済・科学等、多分野の記事が紹介されており、その中の単語も一緒に覚えよう、というコンセプトです。

しかし今回(もしくは前回)の改訂で、ある科学系の記事が追加されていました。

例の「水」。

江○氏による『水は答えを~』についての記事でした。

「水に『ありがとう』と書いた紙を見せるか、『くそったれ』と書いた紙を見せるかによって結晶の形状が大きく違う」という、アレです。

この単語帳にある記事の要約は以下の通りです;

・氏の実験は、『二重盲検がされていない』という理由で、信憑性に疑問が呈されていた
・実際に二重盲検で調べてみると、氏の結果を否定も肯定もしなかった
・多くの科学者は、彼の実験を無視した
・しかしそれは哀しいことである。鍼などの東洋医学も、長い間『科学ではない』として退けられてきた。
・氏の研究も、少なくとも興味深い結果なので、しっかりと検証すべきだ。


いやいやいや。

何だかこれを読んだ瞬間、「負けた」という言葉が頭を掠めました。

この記事では、前提として「これは科学か、そうでないかの問題である」という立場にあります。

その上で、二重盲検などという立派な「科学的」手法を持ち出しています。

もうこの時点で、「水」派の勝ちです。

少なくとも読者を、「科学かそうでないか」のフィールドに持ってきたので。


この「水」の実験は、そもそも反証実験の必要さえありません。

「文字や音は、意味と一意につながるわけではない」ことを思い返せば十分です。

ある文字or音が、ある言語(orコンテキスト)では正の意味を持ち、他の言語では負の意味を持ったとき、結果はどうなるのか?

ある人が十字架のつもりで書いた「+」を、少し斜めから見ていた人が「×(バツ)」と解釈したら結晶はどうなったのか?

「良い言葉」「悪い言葉」の定義ができていない時点で、それは最初から科学ではありません。



佐藤優氏の言葉を思い出してしまいました。
(『インテリジェンス 武器なき戦争』や『地球を斬る』etcに掲載)

曰く、「竹島問題は、日本側に有利な状態で進んでいる。なぜなら、韓国側に『我々は竹島・
独島問題を共有している』ことを認めさせたからである。この種の領土問題では、ほとんどの場合は一方が問題の存在自体を認めない。だから、問題の存在を認めさせた時点で議論の素地が出来るので、こちらに有利なのだ」



そもそも科学以前の問題であるものを、科学のフィールドで議論させる人を増やしたのなら、それは氏の勝ち、なんでしょう。きっと。

英語教材のインパクトは意外に大きいので、その影響が心配です。
(本書はAdvancedなので、それなりに好奇心のある文系ビジネスマンが多く読みそう)

【BOOKS】『心脳マーケティング』

心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす Harvard Business School Press心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす Harvard Business School Press
(2005/02/10)
ジェラルド・ザルトマン



「心理学×脳科学の複合領域アプローチ!」

なんて銘打ってあるので、「脳科学の知見を生かしたマーケティング戦略の本なのかな」と期待して買うと、おそらくがっかりします。

私は残念ながら、そう期待した読者でした。

きっと「脳科学のアプローチ!」なんて言葉がなければ普通にマーケティングの本として楽しめたのでしょうけど。

本書の中から脳神経関係の用語を全て取り去っても、内容にほとんど差はないはずです。


しかも、脳科学関係の部分も、データに若干怪しい部分が見受けられます。

p47には「大脳皮質は、3000億ほどのニューロンを内包し」と書いてありますが、
大脳皮質にあるのは130億程度じゃありませんでしたっけ?

計測方法によって桁の一つや二つは変わってくるのかもしれませんけど。



神経経済学についてのまとまった本を読みたいのに、日本語だと見つかりません。

いや、そもそも外資系に就職する身なんだから英語で読めよ、

と自分で突っ込みたくはなりますが。




あ、マーケティングの本としては面白いんですよ、この本。念のため。

ある広告代理店は、社内コンサルティンググループのスタッフとして分子生物学、数学、フランス文学などの修士号取得者を登用したり、投資銀行経験者を起用したりして多様性を重んじた結果、3年で売上が倍になった、だとか。
(市場規模が倍になっただけ、などの理由も考えられるので、一概に因果関係を論じられませんが)

【BOOKS】『「理系」という生き方』

「理系」という生き方―理系白書2 (講談社文庫 ま 56-2)「理系」という生き方―理系白書2 (講談社文庫 ま 56-2)
(2007/12)
毎日新聞科学環境部





『理系白書』の続編。
理系院生の就職事情に関するブログを読んでいる人なら、目新しい情報はほぼ皆無であろうと思います。
しかもブログのほうがおもしろい。
出版業界衰退の一因は、ウェブ上の情報や知見に対して相対的に魅力が減ったからだと思わせます。

「理系院生ももっと多様なキャリアパスの模索を」という項目では、ケーススタディが羅列してあり、それぞれ少しずつ楽しめました。

やはり理系から金融に行く人は増えているようです。
ただ、これは2000年以降、不良債権問題が一段落してからの話らしく、バブル期もやはり理系の需要は高かったということがわかります。

「金融が札びら切って優秀な学生を奪っていく」という工学部教授の言葉は印象的でした。
本音なんでしょうね。
この教授自信は、ポスドクや院生の給与に関して権限を持たないので、ある意味で被害者の一人かもしれません。

ただ、「理系」とは言っても、ほとんどが工学系ということがわかります。
例示されていたのは、たとえば次のような人々。

 東大工学部→野村證券→カリヨン証券
 東大工学部→外資系証券会社→信販会社のCFO
 京大工学部→住友生命
 京大工学部→銀行→安田企業投資
 早大理工学部→三菱信託銀行

読んだ限り、バイオ・ライフサイエンス系からの金融は皆無。
いや、そもそもバイオ系の院生自体が登場していないのでは・・・
確か院生の半分近くを占めるメジャー分野のはずなのに。

げに恐ろしきかな、バイオの就職事情。


最後に、情けない事例を一つ引用。

京都大学理学部三年の田中さん(仮名)は、文系就職を考えている。
セミナーに参加したりOB訪問をした企業は、銀行、証券、メーカー、コンサルタントなど40~50社に上る。
高校時代の化学の教師に影響され、ノーベル賞受賞者を輩出してきた京都大に進んだ。だが、入学してみて「成果が出るまで10年、20年かかることもある。僕にはそこまでやりとげられるだろうか」と迷いが生まれた。
より広い社会に関心が移り、就職活動で企業を回るうち、世界を相手に仕事ができる総合商社に魅力を感じ始めた。
「理系はビジネスに疎い」という世間の見方は今も根強い。「履歴書に『文系』と書きたくなるときも確かにある。でも入社すれば、他人と違った経歴はきっと強みになるはずです」と田中さん。就職活動ではその点をしっかりとアピールするつもりだ。



うわー・・・

なんだかいろんな意味で自分に似ていて嫌ですね。

目の前にこんな人が現れたら説教してしまいそうです。

しかしこの人、本当にOB訪問したんでしょうか?
私も何十人とOBに会いましたけど、理系だから不利と感じたことはただの一度もありません。
(数理系ではなく生物系ということで不利を感じたことはありますが)

三菱商事の人も、「ビジネスは科学的でなければならない」と豪語していましたし。

「ビジネスは感性、なんて昔の話。論理的に自分のやろうとしていることを説明できない人には仕事を任せられない」とも。

もちろん感性も重要だけど、との付言はありましたが。


私が内定した外資投資銀行も、半数以上が理系院生でしたし。

よって、履歴書に「文系」と書くなんてそんなこと、とてもできたものではありません。

この田中さんがその後どうなったのか心配です。

武田のAmgen買収は失敗?エーザイのMGI買収はMA防衛用?

2月12日のBTJジャーナルより。

先日エントリーした武田薬品によるAmgen社日本法人買収についての記事がありました。
結論は、今回の買収の影響力は大きくない、ということ。理由としては、
・武田はブロックバスターを得ていない上、獲得権益は国内にとどまる。
・抗がん剤のパイプラインはまだ米Amgen社が保有しており、どれだけ力を得たのか不透明
ということが挙げられるようです。

先週、武田薬品が米Amgen社の日本法人を買収したニュースが伝わったところ、米Amgen社の株価はNY市場で18セント下落しました。NYタイムズが9億ドル以上の契約だと見出しでもて囃したのにもかかわらずです。同紙の記事もよく読むと、米Amgen 社が先に第一三共にライセンスした抗RANKL抗体、デノスマブがブロックバスターであり、武田薬品の今回のディールは1種類の低分子の標的医薬を除き、日本国内だけの権利に止まったこともあり、世界レベルでの影響は少ないとの判断でした。
http://biotech.nikkeibp.co.jp/bionewsn/detail.jsp?newsid=SPC2008020452597 

 特に米Amgen社のESA(赤血球増加薬、エリスロポエチンやアラネスプなど)のがん患者に対する使用制限に、メディケア・メディケイドが積極的な支持を仄めかしているなど、Amgen社の利益の源泉であったESA市場がまだまだ縮小する可能性に対して、武田薬品から得た資金ではいかんともし難いという判断です。日本では成功物語のように喧伝している今回のディールですが、米国での反響は極めて小さいさざ波に止まっています。

 武田薬品も日本でこそ一挙に10数個の抗がん剤のパイプラインを導入できましたが、国内販売だけで、尚且つ米Amgen社が我が国での共同販売権もまだ保持しているディールです。これで満足しては20年前の海外からのライセンスモデルに先祖がえりしてしまいます。両者にとって今回のディールはなんだったのか? 10年後に検証が必要だと思います。



確かにモデルとしてはライセンスビジネスになってしまうのかもしれませんが、武田としては抗がん剤のノウハウを得られるだけでも大きな前進だったのではないでしょうか。
なぜなら、武田薬品は比較的抗がん剤が苦手だったからです。

なぜ抗がん領域に力を入れなかったのか?

ブロックバスター(売り上げが1千億円を越える薬)の開発には患者の多い生活習慣病の薬が良いとされ、高コレステロール血症や糖尿病に対する薬の開発に躍起になっていたからです。
今でも重点領域として武田・第一三共・アステラスは生活習慣病を挙げています。

しかし最近になって、エーザイが抗がん領域に本腰を入れ始めました。
MGIファーマを4300億円で買った理由は、MGIの抗がん剤開発能力を評価したからです。
エーザイが抗がん剤領域で力を伸ばしてくることに焦った武田が、後れを取らないようにとりあえず抗がん領域に強い会社を買収しようとした可能性もあると思います。


ただ、エーザイは技術が欲しくてMGIを買ったわけではなく、将来にわたってのれん代の償却や有利子負債の返済が必要な買収をしたかっただけ、という見方もあります。
つまりエーザイ自身が他社に買われないように、防衛策を取ったということです。
時価総額がわずか1兆円程度しかないエーザイは、大手製薬会社にとっては安い買い物。
少しでも買いにくくするため、負債を増やしたという見方があります。(FACTA2月号より)

一口に買収と言っても、技術のみならず買収防衛・会計操作など、様々な思惑が混じりますので、その評価をするのは素人には難しいように感じます。

研究評価基準「PF」とは

2月8日に配信されたBTJジャーナルは、産総研の倉地氏による「研究の評価方法について」。

インパクトファクター(IF)の代替手段としてのパースペクティブファクター(PF)という概念は、恥ずかしながら初耳でした。
どういった方法論なのか、もう少し調べてみようと思います。

以下、その節を引用。

IFは便利だが極めて雑な指標である。しかし、我国では研究評価の重要な物差しとして使われ、研究者個人の評価や国の研究費配分、国の将来政策決定等にまでも大きな影響を与え、研究者はそれに踊らされる現実がある。最近大庭氏らにより、IFとは異なった視点から、より実際を反映する優れた指標としてperspective factor (PF)が提案された(蛋・核・酵vol.50、270, 2005参照)。PFは、ある論文発表前後を比べて関連する分野へのその論文の影響を比較するものであり、IFより優れる。ただ、年期間に亘る追跡調査が必要な事や新研究分野の開拓に繋がるが長いリード期間を要する独創的研究の評価には限界がある、等の課題がある。数値による研究評価の難しさを改めて示すものだ。では、優れた研究評価の仕方とはどんなものなのであろうか。これまで機会あるごとに述べてきたが、米国NIHのピアレビューに見られる徹底した客観的討議による研究評価に勝るものはないと確信する。このピアレビュー過程には、研究の更なる育成と発展、進歩を促す機能も備わっている。IP等に頼らないこのような研究の価値判断と育成に対する基本的考えが、研究界は勿論、政府と社会一般に広く共有される事が重要である。



結局はピアレビューが一番という結論になっています。
やはりボスが正しいのか・・・

製薬M&Aは終わった?<武田、アムジェン買収への株式を取得へ>

【NEWS】武田、米アムジェン日本法人の株式を取得へ

武田薬品がAMGENを買収するとのニュース。(Bloomberg 他)

私が投資銀行の面接を受ける際、「特にやってみたい分野はある?」と聞かれて「製薬のセクターに興味があります」と答えて少々議論になりました。

なのでこのニュースはとても印象的です。

以下、社員とのやりとり。

「私は、現在の製薬の開発効率は非常に悪いと思っています。
20年前の20分の1とも言われています。

一つの薬を開発するのにかかる時間は平均12年、かかるコストは800億円と膨大です。
この理由は、簡単に作れる薬は開発し尽くされて、現在は発見に時間のかかる薬品しか残っていないからです。

この状況を打破するためには、ある一つのミスをいくつもの会社が同じように犯していたら全体の生産性が上がりません。
R&Dを統合して、全てのミスを共有すれば、より開発のコストは全体として下がるはずです。」

「うーん、君の言ってることはわかるんだけど、けっこう古い話なんだよね。
2000年に入ってから大編成が行われて、もう2~3年前に一段落しちゃった。
もうこれ以上やることがあるのか疑問なんだけど」

「いえ、私はまだ潜在性はあると思っています。
たとえば、現在では薬物を発見するための手法が機械化・ロボット化されてきています。
ならば、これまでのように製薬企業とばかり統合するのではなく、他分野の会社との統合は考えられないでしょうか。
たとえば、メカにクスに強い会社の一部を買収するという方法も考えられると思うのです。
そうすれば、より製薬に強いロボットが作れるようになって、やはり生産性が上がると思うのですが」

「ほお、それは面白いね。
でもそれは現在の経営の潮流には反してるんだ。
コングロマリット・ディスカウントって言うんだけど、現在の考え方では、一つの会社は一つのことに集中した方が良いという考えになってきてるんだよ。
昔みたいにポートフォリオを組んで何でもかんでも手を出すと言う時代ではないんだ。
もちろん、これは多分に時代が影響しているから、絶対とは言えないんだけど」

「でも、実際にGEは自社のエレクトロニクス部門をヘルスケア部門に生かせていると思うのですが?」

「あぁ、GEはね、経営学の中では異端扱いなんだよ。
『ウェルチだったからできたんでしょ?』的なね。
だからあまり参考にならないというのが一般の見方」

「はぁ、そうなんですか・・・具体的にどのような点が異端なのでしょう?」

「うーん、具体的にと言われるとパッと出てこないけど、大抵の定石を無視していたりするのは確か。

あと、君は会社や社会の生産性を上げることが目標と言うけれど、僕らの仕事は別に生産性を上げることじゃないからね。
本質的なのは資金供給。
もちろん生産性が上がってくれれば万々歳だけれども、必ずしもM&Aと結びつくものではない。
もう少しIBDの仕事をよく知ってもらう必要がありそうだね」

「あ、はい、勉強します」

(以上)


本当はもう少し議論はあったのですが、およそこんな感じ。

私がIBDの仕事を理解していなかったのは確かではあります。
(それでも大手外銀に受かるのですから、一体何を見られていたのかよくわかりません)

「もう再編は終わったんだよ」と言われた後に製薬M&Aのニュースを見るとちょっと嬉しくなってしまうわけです。

今回の買収はどこが主幹事なんだろう。

・・・

少し前なら、「今回の買収で、どんな薬が作られるんだろう」と真っ先に思ったのでしょうが、徐々に頭が金融で冒されて行きます。

ちょっと寂しい。

科学への好奇心は、死ぬまで持っていたい、なぁ。

魅力的な研究環境を配備する前に

少々古いのですが、1月28日の日経新聞の記事より。

『科学技術立国の裏側(下)外資の引き合い多く 優秀な人材、流出止まらず』

<記事要約>
「東大情報理工学研究科では、優秀な修士課程学生の多くがグーグルへの入社を志望。
指導教官も、『他の会社なら引き留めるが、グーグルなら仕方がない』と言う。
グーグルの他にも、ゴールドマン・サックス、JPモルガンなどの外資系金融機関やコンサルティング会社など、就職先の中で外資系は約2割を占める。

外資系の待遇は日系企業よりも良い。
優秀であれば性別・人種・経歴に関係なく若い人材でも強引に引き抜く。
グーグルでは、インターン生でも、大学とは桁違いの高速処理システムを自由に使える。
インテルでは、正社員と同程度の待遇でインターンシップを用意。
HPに初年俸1000万円で就職した学生もいる。

日本の優秀な博士は米国でも評価が高い。
逆に、日本では外国人の技術者・研究者の割合は1%未満。
優秀な頭脳を国内に引き留めるための、魅力的な研究環境の配備が欠かせない」


この記事では「外資金融っていいな」というトーンで書かれています。
しかしこう言えるのは、外資金融とはいえ、学生時代の研究(IT)を生かすことができるからでしょう。
おそらくIT部門に行っているはずです。

しかし私のように、「生物基礎研究→投資銀行部門」という、意味不明な選択をする人には世間の風はあまり温かくはなく。

「すごい!・・・でも何の会社?」
「で、その仕事は何が面白いの?」
「時間、拘束されるんでしょ?かわいそう」
「子供ができたとき、その仕事って続けられるの?」

ぐすん(ノ△・。)

多くの「同情」は、実は会社に特化されたものではないとは思うのですけれど。
食べるために、面白くない実験をしている人だっていますし、
研究室によっては拘束が非常に厳しいところもありますし、
子供なんて、現状のアカデミアで持つ方が私なら不安です。


アカデミアや研究の存在意義は100%認めますが、しかしもう少し「アカデミア以外、研究職以外」の仕事についても自由に議論できる雰囲気を大学内に醸成すべきかと。
院生が26万人もいて全員がアカデミアや研究職に向いているわけがないのですから。
後になって後悔する博士が大量発生すると、意欲的な博士の士気も下がるように思います。

現状で、『様々な選択肢を検討した結果、やはり博士に行きたいと思った』という結論が下せるのは、「就職活動が許されている研究室で、就職活動をしようと思う人」という限られた人のみです。

記事にあるような待遇が云々の前に、基礎研究ではまず「世界はもう少し広い」ということを伝える必要があります。

実験では諸条件を検討して前に進むのに、自分の人生の検討をしない・できない状況はおかしい。

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